想問歌





周は病院の屋上で、暮れかかる西の空を見つめていた。
この太陽が沈み、明日を迎えたら。
そろそろ京都ここを去ることになるだろう。
岐阜へ戻り、両親の世話をしながら捜査を続ける…またそんな生活に戻るのだろうか?

…… 一人きりで。



「ここにいたのか?」

「土門さん…お疲れさまです」

「ああ。それより、退院が決まったらしいな?」

「はい。明日の診察で問題なければ、すぐにでも」

「そうか!良かったな」

周は曖昧に頷いた。

この日はもう一人、来客があった。

「斎藤さん」

入り口を振り返れば、そこにはマリコが立っていた。

「榊!?お前、なんで……」

「私がお呼びしたんです」

「斎藤……?」

「榊さん。お忙しいのに呼び出したりして、すみませんでした」

「いいえ。私こそお見舞いにも来られなくて、ごめんなさい。でも退院の目処がたったそうですね。おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「あの、それで…私にお話というのは?」

「話?」

土門は周を見る。
マリコと周は数回会ったきりのはずだ。
わざわざ病院まで呼び出して、何を話すつもりなのか…。

「それは、土門さんのことです」

「俺?」

土門にはますますこの事態が飲み込めない。

「斎藤、どういうことだ。俺の話になぜ榊を呼ぶ必要がある?直接俺に言えばいいだろう?」

周は泣きそうに笑う。

「土門さん…本当に何も分かっていないんですね」

「何をだ?」

「私の気持ちですよ……」

「お前の気持ちって……」

「私、ずっと土門さんのことが好きだったんですよ?」

「……………」

土門は声もなく、目を瞠っている。

「初めて会ったときからだから……もう何年でしょうね?途中から数えるのも止めました」

「お前、そんなこと一言も……」

「言えると思いますか?奥さんのいた人に?」

「それは……」

「有雨子さんが亡くなった後も……説明の必要はないですよね?土門さんは、とてもそんな話ができるような状態じゃなかった。そして、そのまま舞鶴へ異動してしまった。京都に戻られたことは聞いていました。だから今回、合同捜査に参加したんです。一目会うだけで、懐かしい話が出来るだけでいいと思っていました。でも、土門さんの隣には……あなたがいた」

周はマリコを見る。

「榊さん、あなた。土門さんのこと、どう思っているんですか?」

突然話をふられて、マリコは困惑していた。
マリコにとって周の告白は、土門以上に晴天の霹靂だった。

「私、私は……」

「榊、答える必要はない。これは俺と斎藤、お前の問題だろう。榊を巻き込むな!」

ピシャリと言い放った土門の言葉に、マリコはむっとした。

「どうしてそんなこと言うの?」

「榊?」

「二人の問題じゃないわよ!」

「お前、なんで怒ってるんだ?」

「土門さんが鈍感すぎるからでしょ!!」

「なっ!?お前に言われたくないぞ!」

「だったら、私がなんで毎晩電話していたのか分かる?」

「業務報告だろう?」

「…………………………ばかっ!」

「ばかとはなん…だ…………榊?」

マリコは土門を睨み付けていた。
盛り上がる涙もそのままに、鼻先を赤くして。

「声が……」

「?」

「声が聞きたかったからに決まってるでしょう!」

叫んだ瞬間、一粒、涙がぽろりと落ちた。

「昼間は捜査で忙しいし」

反対の瞳からも一粒。

「最近は屋上に来てくれないし」

また一粒。

「夜は斎藤さんのところへ行っちゃうし」

ぽろり、ぽろり。

「電話しないと土門さんの声が聞けないじゃない……」

もう、周囲を憚ることなくマリコは泣いていた。

そのくらい、この数日はマリコにとって辛かったのだ。
周の元へ足繁く通う土門に、周囲は様々な噂をしていた。

実は二人は八条中央署の頃に付き合っていた。
いよいよ土門は榊マリコを諦め、乗り換えた。

そんな憶測にマリコは苦しめられ続け…。
そして。

ようやく自分の気持ちに気づいたのだ。



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