想問歌
翌日、一つの事件が起きた。
岐阜から周が追ってきた男の目撃情報が寄せられたのだ。
土門と周は情報のあった場所へ急行し、二手に別れて捜索を開始した。
1時間経っても見つからず、諦めかけたそのとき。
男が姿を表したのだ。
……周のもとに。
けっして油断していた訳ではない。
周も県警捜査一課の刑事だ。
腕っぷしだって、そこらの男どもにひけはとらない。
しかし、周を見知っていた男は不意打ちを仕掛けたのだ。
それも背後から。
すぐに体勢を立て直したものの、周の右袖は鮮血に染まり、アスファルトに点々と血痕の染みが増えていく。
「斎藤!?」
土門が駆けつけたとき、すでに男は逃げ出していた。
現場の状況を素早く確認すると、土門は追尾よりも周の搬送を優先した。
「斎藤、大丈夫か?」
「つぅ…。なん、とか」
「かなり深いな…。救急車が到着するまで粘れよ」
「は、い……」
顔を歪めながらも、何とか意識を保ったまま、周は病院へと運ばれた。
ストレッチャーに寝かされたまま、医師の診察を受けると、すぐに手術という診断が下された。
軽微ではあるが、神経が傷ついている可能性も考えられたからだ。
看護師たちの動きが慌ただしくなる。
「麻酔、打ちますね」
その声を最後に、周は意識を手放した。
そして目覚めると、ベッドの脇には土門がいた。
「痛みはどうだ?」
「薬が聞いているみたいです。それより、犯人は?」
「手こずったが、蒲原たちが確保してくれた」
「ああ…、良かった」
「斎藤……すまない」
土門は周に深々と頭を垂れた。
「土門さん!?」
「お前に怪我を負わせるなんて、俺の失態だ。すまなかった」
「頭を上げてください。土門さんのせいじゃないですよ」
「しかし……」
自分を責める土門へ、周は提案した。
「土門さん、退院まで少し手伝ってもらえますか?」
「手伝い?」
「はい。右手が使えないので、買い出しとか……頼んでもいいですか?」
「そんなことぐらい、いくらでも!まかせておけ」
その日から、土門は仕事帰りに周のもとへ通い、あれこれと世話を焼き、話し相手を務めるようになった。
その様子に、周の担当看護師は土門を周の恋人だと勘違いしているようだった。
周もあえて否定はしなかった。
『そうだったらいいのに…』という願いが、いつしか『本当にそうかもしれない』と周自身も錯覚するようになっていた。
ただ、そんな周の淡い期待を打ち砕くのは、いつも1本の電話だった。
面会時間の終了間際に、いつも土門には電話がかかってくる。
そしてその電話に、土門はこう応えるのだ。
――――― 榊か?
と。
八条中央署に配属され、上司の火浦に土門を紹介された日から、周はずっと土門に想いを寄せていた。
所謂、一目惚れだった。
けれど、この頃土門には有雨子という妻がいた。
だから自分の気持ちを圧し殺し、我慢してきた。
そしてその想いを秘めたまま、周は長い時間を過ごしてきたのだ。
それなのに、マリコはやすやすと周の諦めた場所を手に入れようとしている。
周囲の人間にたずねれば、いい雰囲気に見えるけれど土門とマリコは付き合ってはいないだろうと言う。
そんな、土門への気持ちもあいまいな癖に…。
“渡せない”
周は賭けに出ることにした。