想問歌
一方で周もまた、マリコに対して危険信号が点滅していた。
マリコ自身の容姿はもちろんだが。
――――― 榊、どうした?
土門の発したその一言。
それは、これまで周が聞いたことがないほど優しさを含んでいたからだ。
もしかしたら、マリコは土門にとって、特別な存在なのだろうか?
ほかの人間なら気づかないだろう、ほんの些細な声色の変化。
だが、周には分かる。
なぜなら、周は……。
『合同捜査のために京都へやって来た。』
それは本当だ。
しかし、別に周でなくともよかった。
実際、当初は他の捜査員が参加することになっていたのだ。
そこへ無理矢理、周が割り込んだ。
京都府警捜査一課と聞いて、迷わず上司に嘆願した。
何年も会っていない。
もう自分のことなど忘れているだろう。
それでも一目……会いたかった。
そしてその願いは叶った。
土門は周を覚えていた。
それだけで十分。
他に何も望みはしない。
……はずだったのに。
周は、少しだけ欲を出してしまった。
その原因は、間違いなく……マリコだ。
その日から土門を挟んで、周とマリコの微妙な関係が始まった。
…いや、その言い方は正しくない。
マリコは自分の心の変化に何かしら戸惑いを感じていたが、その理由についてはまだ気づいてはいなかったのだ。
「土門さん。この鑑定依頼書、どうしますか?」
蒲原がプリントしたての書類をパタパタと振っている。
「できたのか?貸してくれ。榊のところへ持っていく」
「それ、今回の事件の鑑定ですよね?私も行きます!」
「そ、そうか?」
周の勢いに押され、結局二人で科捜研をたずねる。
ちょうど自室で鑑定作業中だったマリコは、土門の姿を見つけると、ガラス越しに自分のもとへ手招きした。
周も当然のように土門の後をついていく。
「斎藤、先に一課に戻っていていいぞ?」
「いえ、どうせあと20分もしたら聞き込みに行く時間ですから」
「ん?もうそんな時間か?」
土門は腕時計を確認する。
「土門さん。急ぎじゃないから、予定があるなら後でいいわ」
「しかし……」
土門は気遣わしげにマリコをうかがう。
「大丈夫よ、本当に」
しっかりと頷くマリコに、土門は『わかった』と答える。
「すまんな、榊。斎藤、戻るぞ」
「はい!」
足早に去る土門を、周は追いかけた。
そしてその後ろ姿を見送ったマリコは、目の前の微物に意識を戻した。
自分でも気づかぬほどの、小さな息を吐いて。
「あの、土門さん」
「なんだ?」
移動の車内で、周はステアリングをさばく土門に声をかけた。
「榊さんとは……」
「ん?榊がなんだ?」
エンジン音で聞き取れず、土門は僅かに周へ顔を向けた。
周の鼓動が跳ね上がる。
その横顔から目が離せなくなってしまった。
「斎藤?」
土門に呼ばれ、周は“はっ”と意識を戻した。
「あ、いえ。何でもないです」
「?」
「土門さん、その家です」
土門は気になっていたようだが、聞き込み先はもう目の前だった。