想問歌
「榊さん、あなた。土門さんのこと、どう思っているんですか?」
そう、問われたなら。
「私、私は……」
「土門さん!」
廊下を歩いていた土門は、背後から少しハスキーな声で名前を呼ばれた。
振り返り、一瞬思考が止まる。
そして記憶が巻き戻される。
「
「そうです!お久しぶりです、土門さん」
「ああ!もう十年以上だな。それにしても、よく俺だと気づいたな?」
「そりゃ、分かりますよ!あれだけしごかれたんですから…」
「おまっ!人聞きの悪いことを言うな。しごいたのは俺じゃないだろう!」
「ははは…」
「笑って誤魔化す癖も変わらんな」
「……そんなこと、よく覚えてますね」
「記憶力の良さは、俺たちの商売道具だろ?」
「確かに…」
斎藤と呼ばれた女は苦笑する。
それは土門の記憶力の良さと、変わらない鈍感さに対して……。
この女性は斎藤
職業は刑事だ。
土門と知り合ったのはもう何年も前。
八条中央署で、だ。
その頃、新人として刑事課に配属された周は火浦の下についた。
そのため、火浦の同期であった土門とも何かと親交があったのだ。
「土門さん、火浦さんのこと……聞きました」
「……そうか」
それ以上、土門は答えない。
昔から土門は、自分の過去をあまり語りたがらない。
八条中央署時代、土門に有雨子という妻がいたことはもちろん周も知っている。
その彼女が命を落とした理由、そして囁かれる噂、火浦の存在。
どれも憶測の域を出ないものではあったが、周の耳にも届いていた。
周は一度だけ、それとなくたずねたことがある。
しかし、土門は頑として口を開こうとはしなかった。
そして、土門自身は何も語らぬまま、八条中央署を出て行ったのだ。
「お前、今も八条か?」
「いえ。今は岐阜にいます」
「岐阜?」
「はい。実家に帰りました」
「そうか…。ところで、まだ一人なのか?」
土門は周の左手を見ながら言う。
「……土門さん、それ、セクハラじゃないですか?」
「ん?まぁ、いいじゃないか…。俺とお前の仲だろう?」
周は急に脈拍が速まるのを感じた。
一体どんな仲だというのだろう…。
周は動揺を隠し、「売れ残りです」と肩をすくめて答えた。
「なんなら土門さん、買い取ってくれませんか?」
周は背中に回した手を固く握る。
「俺は……」
「土門さん!」
土門が口を開きかけたそのとき、一人の女性が姿を現した。
白衣を身につけたその女性は、色白の整った顔立ちをしている。
標準よりかなり美人の部類だろう。
しかし、彼女をより美しく見せているのは、その印象的な瞳だ。
大粒な黒曜石の瞳はきらきらと輝き、生き生きと生気に満ちている。
「榊、どうした?」
「うん…。あの、お客様だった?」
「ああ…。紹介しよう。彼女は岐阜県警の斎藤……?」
「巡査長になりました」
「だそうだ。斎藤とは八条中央署で一緒だったんだ」
「そうだったの」
「斎藤。こいつは科捜研の榊だ。今は捜査のことで何かと協力してもらっている」
「そうですか。はじめまして、斎藤周です」
「榊マリコです。よろしくお願いします」
周から伸ばされた手のひらを、マリコはしっかりと握り返した。
「それで、何か用があって来たんだろう?」
「あ、そう!依頼されていた岐阜県警……からの鑑定に関してなんだけど………」
マリコは周を気にする素振りを見せる。
「それ、私が持ってきたものですね」
「そうなのか?」
「はい。今回私はこちらとの合同捜査のために来たんです。
「ほう。榊、それでどうだったんだ?」
「結論から言うと、間違ってはいないけれど、断定もできないわ」
「どういうことだ?」
「通常私たちが鑑定する場合と比べて、判断材料が少ないのよ。これでは私たちなら、『言い切れない』鑑定結果を出すわね」
周を目の前にして失礼かとも思ったが、マリコは遠慮しなかった。
周が捜査のプロなら、マリコも鑑定のプロだ。
自分の仕事に妥協はできない。
「わかりました。再鑑定してもらって良かったです」
しかし、周はすんなりとマリコの意見を受け入れた。
「なにか?」
マリコが不思議そうな顔をしていたからだろう。
周はたずねた。
「いえ。私の見解を聞けば、大抵の他県の刑事さんは不機嫌になりそうなものだと思ったので……」
正直なマリコに周は笑う。
隣の土門も苦笑している。
「榊さんて、面白い人ですね!私は事件解決に繋がるなら、誰のどんな意見にだって耳を傾けますよ。すべては被害者のためです」
「素晴らしいお考えですね!」
「実はこれ、土門さんの受け売りなんですよ」
周はマリコへクスッと笑ってみせると、続けて土門をちらりと見た。
土門は『余計なことをいうな…』と苦虫を潰したような顔をしている。
「?」
マリコは二人の間を流れる空気に、何か独特な香りを感じた。
蒲原や、兵頭、桃井たちと接するときは少し違う。
どちらかといえば、美貴との関係性に近いようだ。
でも、まったく同じとも言い切れない。
そんな曖昧な雰囲気の二人に、マリコはなぜか焦りのようなものを覚えた。
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