とんがり尻尾のキューピッド
「こんばんは」
チリーンとベルが鳴り、扉の向こうから馴染みの男女の顔が現れた。
「いらっしゃいませ」
迎えるのも、いつも変わらぬスマートで人当たりのいい笑顔。
それに加えて。
ニコッと笑った口には、二本の牙が生えていた。
「あら?マスター!」
マリコは目を丸くする。
「ハロウィンの余興ですよ。似合いますか?」
「ロマンスグレーなヴァンパイヤですね。素敵です」
マリコに誉められ、マスターもまんざらではないようだ。
「さあ、おかけください」
二人がカウンターに腰を落ち着けると、マスターはクリスタルの器を二人の前に置いた。
なかには折り畳まれた紙が入っている。
「一つずつお取りください」
「これは?」
「ハロウィンくじです」
「ハロウィンくじ?」
土門は鸚鵡返す。
「treatを引かれたら、お好きなカクテルを一杯サービスいたします。trickを引かれたら…少々、イタズラにお付き合い願います」
マスターは鮮やかにwinkをして見せる。
「面白そう……」
マリコのワクワクとした声色に、土門は苦笑する。
「お前、意外にこういうの好きだよな?引いてみたらどうだ?」
「ええ。どれにしようかしら……」
しばらく悩んだ末に一つ選び、マリコは包みを開いた。
「やったわ!treat!」
マリコは笑顔で開いた紙を二人に見せる。
「榊さま、おめでとうございます。では、カクテルのオーダーをどうぞ」
「もちろん、『マリコ』で」
「かしこまりました」
マリコは、自身の誕生日にマスターからプレゼントされたオリジナルカクテルを選んだ。
「次は土門さんよ」
「俺は……こいつにするか」
土門が開いてみると…。
「おや?ではイタズラですね」
マスターがのぞきこむと、trickの文字が。
「残念だったわね、土門さん」
「……………」
何となく楽しそうなマリコが、憎らしい。
「では、土門さまにはこちらを」
「……何ですか、これ?」
「キャンディーです」
「これがイタズラ、ですか?」
「もちろんただのキャンディーではありません。激辛クイーンの
土門は慎重に選ぶ。
キャンディーは20個以上はありそうだ。
レベル5に当たる可能性は低いだろうと、一つつまみ上げようとした、その時。
テーブルに影がひらりと舞い降り、意思を持った細長い物体がキャンディーの器を倒した。
散らばる中、一粒のキャンディーが弧を描きながら、土門の手のひらに落ちた。
『ニャー』
「オパール!」
マリコに名前を呼ばれ、microscopeの看板猫は嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らす。
「もしかして、これを食べろってことか?」
土門は手の中に降ってきたキャンディーを凝視する。
「迷っていたんだから、ちょうどいいじゃない」
「ああ……」
釈然としない気持ちでオパールを見れば、三日月形の七色の瞳はニヤリと人の…いや、猫の悪い顔をしているようにも見える。
恐る恐る包みを開いてみれば、キャンディーは真っ黒で、まったく味の想像がつかない。
「ええい、ままよ!」と、土門はキャンディーを口にいれた。
「土門さん?」
「土門さま?」
二人に呼ばれても、土門は返事どころか、直立不動のままだ。
「……うっ」
「うっ?」
「ごほ、ごほっ、ゲホゲホゲホッ!!!」
「やだ!土門さん、大丈夫!?」
焦ったマリコが、必死に土門の背中をさする。
しかし、土門は真っ赤な顔でむせ続けている。
「土門さま、お水です!」
マスターからコップをひったくると、土門は一気に燃え上がる喉に流し込む。
3杯飲んだところで、ようやく噴火は収まりつつあった。
「なんて辛さだ……」
「すみません、それほどとは……」
「マスター、他の客には出さない方がいいですね」
「はい。申し訳ありませんでした……」
かなり恐縮した様子のマスターは、この後マリコにはカクテルを、土門にはノンアルのそれを振る舞ってくれた。
この一幕の間、虹色の瞳の猫はマリコの隣で丸くなり、人間たちがあわてふためく様子を傍観していた。
時おり、あくびをしながら。
「散々な目に遭ったなぁ……」
帰りの車内で、土門はまだ愚痴をこぼし続けている。
「災難だったわね……土門さん!危ないっ!?」
「くっ!」
キキーッと、派手に軋むブレーキ音を響かせ、車は停止した。
「なんだ!」
土門の車の前を、突如横切った小さな塊。
青い月明かりに目を凝らせば、一瞬、虹色が煌めく。
「オパール!?」
「まさかな?」
次の瞬間、すでにその姿は消えていた。
「いてて……」
「どうしたの?」
「今の衝撃で、舌を噛んだみたいだ。くそっ!」
不運続きの土門に、マリコは憐れむような視線を向ける。
「可哀想な土門さん……」
「ふんっ!…………………………榊?」
面白くない土門は鼻を鳴らすが、そっと伸びてきた手にマリコの名前を呼ぶ。
白い手が、土門の頬に添えられる。
「本当についてないわねぇ……」
そういうと、徐々にマリコの唇が近づく。
ひりつく舌を気遣いながら、マリコはゆっくりと癒すように絡めていく。
「んっ……」
求められるままに深さを増し、熱を孕んでいく口づけ。
ハロウィンの夜、土門が最後に手にいれたのは。
それは七色の瞳をしたキューピッドからのささやかな贈り物……かもしれない。
――――― ニャァ♪
fin.
※temptation:誘惑
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