LOVE? or WORK?





土門はマリコを研究棟の立ち並ぶ隙間に引き込んだ。
改めて二人は向かい合う。

「どうして研修のことを黙っていたんだ?この間のこと…まだ怒っているのか?」

「この間?……ああ、そんなこともあったわね。何で喧嘩になったんだったかしら?」

「はぁ!?違うのか?」

「うーん、確かに怒ってはいたわよ。でももう忘れちゃったわ」

「それなら何故これまで何の連絡も寄越さなかったんだ?」

「それは……。土門さんだって同じじゃない。どうして?」

「俺は事件で忙しかったんだ」

「私だって、研修で会議に出席したり発表をしたり……忙しかったのよ」

「だからって、俺が心配するとは思わなかったのか?現場で宇佐見さんに、お前は京都にいないと教えられたときの俺の気持ちがお前に分かるか!?俺だけが知らされていなかったんだぞ?」

「なによ……」

頭ごなしに怒鳴られ、マリコは横を向いてしまった。
せっかく会えたというのに、初っぱなからこんな風に攻められ続け、マリコの目は赤くなっていた。

土門は深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

「研修は今日までなんだろう?」

「そうよ」

「明日、帰るのか?」

「……どうしてそんなこと聞くの?」

「藤倉部長に聞いた」

「何を?」

「お前が科警研に異動するかもしれない、と」

「それは……」

その先がマリコは続かない。


「榊。今ここで選んでくれ。俺と帰るか、ここに残るか」

「え?それって……」

土門か、仕事か、どちらかを選べということだ。

「そうだ。選べ、榊」

急な話の展開に、マリコはただ驚く。

「そんな!土門さんは?土門さんは選べるの?仕事か……」

「お前だ」

一瞬の迷いなく、土門は答えた。

「刑事という仕事は何処へ行ってもできる。だが、お前は違う。お前がここに残れば、今までのようにいつでも会える訳じゃない」

だから、と土門は言う。

「俺を選べ、榊」

「土門さん……」

マリコは科警研に着いてすぐ、つかさに言われたことを思い出した。

『あなたのように優秀な人間は、ここに残るべきよ。ここでなら、研究も鑑定もできるわ。あなたにはぴったりだと思うけど?』

その通りだ。
科学者ならば、研究に没頭できる環境は有りがたいし。
それを検証する鑑定も科警研ここでならできる。
何より、日本で最高峰の設備が揃っているのだ。

科学者として、マリコは揺れた。
けれど同時に、女としてのマリコは揺るがなかった。

自分の望むほとんどが手にはいる環境だとしても。
そこに最も必要なモノがなければ、意味がないのだ。

最も必要なモノ……改めて考えるまでもない。

目の前にいる、ぶっきらぼうで、強引で、馬鹿がつくほど正義感が強い。

でも、マリコは知っている。

本当は繊細で、いつも誰かのために自分を犠牲にしている…優しいひと。




「選ばないなら……」

土門はマリコの腰に腕を回すと、そのまま肩に担ぎ上げた。

「拐うまでだ!」

「ちょっ!下ろして、土門さん!」

マリコは驚き、土門の背中をドンドンと叩いて抗議する。

「俺を選ぶなら、下ろしてやる!」

脅迫めいた声色なのに、マリコはドキリとした。

他の誰に対しても、こんな風に感じたりしない。
やっぱり……。


「下ろして、土門さん。ちゃんと顔を見て話したいわ」

渋々と土門はマリコを肩から下ろす。
ただし腰に回した腕はそのままに。

「これでいいか?」

「ええ」

「それで、答えは?……………榊!?」

マリコは腕を伸ばし、土門の首に抱きついた。

太い首に、がっしりとした肩。
広い背中。

どれもマリコには大切で。
何ものにも代えがたいものだ。

答えなんてはじめから決まっていた。

「榊……?」

「選べない」

「……………」

「選べないわ」

「……そうか」

「だって、比べようがないもの」

「?」

「きっと土門さんより大切な鑑定なんて存在しない」

「お前……」

「私、はじめから2週間で戻るつもりだったわよ?」

「なに?」

「だって、ここには土門さんがいないじゃない。私の科学は土門さんと一緒にいるから成長できるの。一人では……何もできないわ」

土門はマリコの細腰が折れそうなほどに、強く抱きしめた。

「……馬鹿。そんな顔して、そんなことを言うな」

土門はマリコの頬に顔を寄せ、独り言のように呟く。

「ここがどこだか、忘れちまう……」

「いいじゃない。忘れたって」

「榊?」

土門がマリコを解放すると、マリコは手を伸ばし、指先でそっと土門の顎ヒゲを撫でる。

「ヒゲを剃る間もないほど忙しいのに、来てくれたの?」

「それは……」

答えようとした土門の唇をマリコの人差し指が遮る。

「嬉しかった。迎えに来てくれて」

「……………」

「土門さん、ごめんなさい。忘れっぽいのは私も一緒みたい……」


マリコは背を伸ばし、土門と唇を合わせる。
3週間ぶりのその感触は、二人の身体を熱くさせた。

「……んっ」

味わう度に甘く、溶けていく。
止められない。
甘露な誘惑。

「はぁ…。土門、さん。今日、帰るの?」

「特に決めてはいない」

「だったら……。今夜は、一緒にいたい……」

土門はマリコと額を合わせ、恥じらうその表情を愉しむ。

「断る理由、あると思うか?」

「土門さん……」

「おっと!」

尚もせがむマリコを、土門は押し止める。

「これ以上は無理だ。流石に理性ってやつがな……」

「あとで?」

珍しく、マリコの瞳には夜の翳りがちらついていた。
土門の一点に熱が集まりだす。
そ知らぬふりをするのは一苦労だ。

今回は終始マリコに主導権を握られている気がする。
ここからは、形勢逆転といこう。


「ああ。あとで。十分堪能させてもらおうか?」


――――― 好きな女を隅々まで、な?




fin.




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