LOVE? or WORK?





土門さんと喧嘩をした。
昼ごはんを食べた食べないなんてささないなことだった気がするけれど、今となっては何をそんなに怒っていたのか思い出せない。

こんなことになるなら、もっと早く仲直りしておくんだった……。

マリコはスーツケースを転がしながら、そんなことを考えていた。




榊と喧嘩をした。
鑑定に夢中になると、何度注意をしても飲食を忘れる。
こんな調子ではいつ倒れるか分かったもんじゃない。

――――― いいかげんにしろ!

そんな風に一喝すれば、マリコは頬を膨らませ、何も言わずに立ち去った。




それっきり、何の連絡もないまま一週間が過ぎた。
そして、今日。
土門の班が担当となる事件が発生した。
現場へ臨場してはじめて。
土門はマリコが居ないことを知ったのだ。



「宇佐見さん」

土門は微細証拠を採取中の宇佐見へ近づくと、声をかけた。

「はい、何でしょう?」

「あの、榊は?」

「え?」

「今日は休みですか?」

「ええと………」

「?」

言い淀む宇佐見に、土門は訝しげな視線を向ける。

「マリコさんは京都にはいません」

「……それは……どういうことですか?」

「マリコさんは今、千葉にいます。土門さん、お聞きになっていなかったんですか?」

「……………」

寝耳に水とはこのことだろう。

「蒲原!」

「は、はいっ!」

突然の怒号に、蒲原は直立した。

「俺は署に戻る。後は任せたぞ!」

「はい……」

なぜ府警に戻る必要があるのかは不明だが、蒲原にも一つだけ分かることがある。

それは。

土門がいかっているということだ。

それもかなり……。

触らぬ土門に祟りなし。
蒲原は黙々と仕事に励むことにした。





京都府警に戻った土門は、その足で藤倉をたずねた。
辛うじてノックはしたが、返事を待たずに扉を開ける。

「失礼します!」

「返事も聞かないうちに、本当に失礼だな、土門?」

「部長!」

「なんだ?」

まるで聞く耳を持たない部下に、上司は嘆息する。

「榊が千葉にいるとは、どういうことですか?」

「どういうって…。まさかお前、榊から何も聞いていないのか?」

「……………」

沈黙が答えだ。

「お前たち、喧嘩でもしたのか?」

「……………」

再びの沈黙。

藤倉は苦笑する。
その顔は見ようによっては「まったく世話の焼ける奴らだ」とでも言っているかのようだ。

「榊は今、科警研へ行っている」

「科警研、ですか?」

「研修だ。期間は2週間」

「そう……ですか」

土門は安心したのか、表情から険しさが消えていく。
2週間なら、もう暫くすればマリコは戻ってくると分かったからだ。

しかし、事はそう単純ではなかった。

「土門。橘女史のことは知っているか?」

「榊と蒲原から聞いています」

「実は今回の研修は、彼女のたっての希望で実現したものだ」

「というと?」

「女史は榊を科警研に欲しがっている。この2週間は言わばトライアルといったところだろう」

「トライアル……」

「そうだ。以前から内々に打診はあったが、断っていた。だからだろう。榊がその気になって異動願を出せば、今度こそはね除けることは難しい」

藤倉は腕を組み、苦い顔で土門を見る。

「それに、向こうには榊監察官もいる。榊にとってはプラスの面が多いことは確かだ。2週間後、あいつが戻ってくるかどうか……」

土門の顔からは血の気が引き、みるみる蒼白になっていく。

「失礼します……」

来たときとは真逆。
足取りも怪しく、土門は藤倉の部屋を出ていった。



『流石に脅かしすぎたか?』

藤倉は少々後悔する。

だが。
すべてが嘘というわけではない。
事実、マリコ自身が科警研への異動を希望するようなことがあれば、こちらとしては手放すしかない。
優秀な人材はどこでも求められる。

しかし、同時に。
『そうはならないだろう……』
藤倉にはそんな予感がしていた。
それは彼が一番嫌いな“刑事の勘”というものではあったが。



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