新・チャレンジ企画





「ここか?」

殺風景なビルの入り口には『体験型アトラクションABCの舘』と書かれた小さな看板が置かれていた。

「ここよね?」

マリコの手には『ご招待状』と印字されたチケットが2枚。
これは二人と因縁浅からぬ中国茶寮オーナーから届いたものだ。

二人は中に入ると、受付で係員にチケットを渡す。

「こちらのチケットはA階専用です。追加料金をお支払いただければ、B階、C階への変更も可能ですが、どうなさいますか?」

二人は顔を見合わせる。

「とりあえず今日はこのままでいいか?」

「そうね」

「わかりました。ではこちらが体験ルームの入室キーになります。制限時間は1時間です」

渡されたカードキーを手に、二人はA棟に向かう。
途中、他の客の姿を見ることはなかった。



「Aの2、ここね」

マリコが扉を開くと、中は何の変哲もないワンルームの部屋だった。

「何を体験する部屋なのかしらね?」

「全く分からんな」

二人はとりあえず部屋に入り、扉を閉めた。

――――― ガチャリ。

「え?」

マリコが扉を振り返る。
取っ手を握り、動かしてみるがびくともしない。

「貸してみろ」

土門がガチャガチャと力任せに押しても動かない。

「土門さん!」

マリコはテーブルの上に置かれた紙に気づき、読み上げる。

「『この度は体験型施設、ABCの舘へようこそ。
A棟のお部屋の皆さまに体験していただくのは、『キス』です。
テレビに向かってお連れさまとキスをしてください。
内蔵のAIが画像判断を行い、本物と認められたら解錠される仕組みとなっております。
なお、制限時間は1時間です。
時間内に完了しない場合は延長とみなし、追加料金をお支払いいただきます』ですって……」

「なんだと!?」

土門はマリコから紙を奪うと、ザッと目を通す。
しかし内容は今、マリコが読んだ通りだ。

「あの悪徳中国人…なんてもの送ってきやがったんだ!」

ぐぅー、と土門は唸る。

「どうするの?」

「……仕方ない」

「キス……………するの?」

「……………」

「土門さん?」

「ま、まあ。今さらキスぐらい別にどうってこともないだろ。とりあえず、なんか飲むか……」

紙には、室内に備え付けの飲み物や食べ物の利用は自由と書かれていた。

二人は暫く、お茶を飲んだり、お菓子を食べたりくつろいでいたが、時間は刻一刻と過ぎていく。


「土門さん、そろそろ時間だけど……」

「あ、ああ……」

二人は向かい合ったまま、固まる。

――――― なぜだ……。
――――― なぜ今さら、こんなに緊張するんだ?

――――― 嫌だわ…どうしてこんなにドキドキするのかしら?


「ど、土門さん?」

「い、いくぞ?」

土門はマリコの肩に手をかける。

「い、いいか?」

「ど、どうぞ?」

「……………」

――――― そ、そんなにしっかり見つめられたら、恥ずかしいぞ!


「土門さん?」

「目、瞑ってくれないか?」

「あ、そ、そうよね……。これでいい?」

マリコは瞼を伏せると、心持ち顎をあげる。
見慣れている筈なのに、改めて目を向けるとうっすらと開いた唇が艶かしい。

『このアングルは……ヤバイ』

それが土門の正直な感想だ。


「土門さん、恥ずかしいから…その、早くして?」


――――― 早くして?
――――― 早く、して?
――――― 早く…して??

――――― ……何を『して』だ?

いかがわしい脳内変換を振りきるために、土門は頭をふる。

リミットなのか、ピーピーとアラーム音が鳴り出した。

ついに、土門は。

……キスを決行した。


ピッ!
小さな電子音に続いて、ガチャリと解除音が扉から聞こえた。

二人は部屋を出ると、出口と書かれた方角へ進む。
それは一本道の廊下で、誰とも出会うことはなかった。

「……………?」

土門は出口へ向かいながら、この建物の構造に既視感を持った。
聞き込みで幾度か訪れたことがある。
入室から退出まで、他人の目を気にする必要がない造り。
この建物は、もしや?
この既視感が正しいなら……。

A棟は『キス』しないと出られない部屋。
では、B棟、C棟はもしかして……?

ゴクリ。
土門の喉が鳴る。

隣のマリコを盗み見て。
土門はまた来よう、そう思った。
今度は追加料金を払ってでもC棟にしようと、心に決めて。




fin.



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