新・チャレンジ企画





『目が逸らせない』
そんな言葉を自分が使うことになろうとは。
土門はどこか他人事のようにそんなことを考えていた。

自身の視線をある一点に注いだまま。




聞き込みの帰り道、土門と河辺を歩いていると、ふとマリコは空気の匂いの変化に気づいた。

「土門さん、雨が降るかも……」

「ん?」

サァー。

「うわっ!お前、どうせならもっと早く教えろ!」

「無理言わないでよ!」

言い返すマリコの腕をつかみ、土門は走り出す。

「あのバス停まで走るぞ!」

マリコは必死に走った。
土門に遅れないように。
おかげでバス停に着いたときには、息も絶え絶えになっていた。

「大丈夫か?」

「だ、だいじょ…な、わけ……ないで…はぁ」

土門はそんなマリコを可笑しそうに見ていた。

「もう!……夕立かしらね?」

空をのぞこうとマリコが一歩踏み出した。
その瞬間、土門の視線が厳しくなる。
揶揄うような色はなりをひそめ、マリコにまとわりつくような男のそれに変わる。

雨雲の隙間から差し込む薄日に、濡れてマリコの体に貼り付いたシャツを通して淡い色が透けていた。

「土門さん?」

視線を感じたマリコが、土門を振り返る。

土門は無言でジャケットを脱ぐと、マリコの肩に羽織らせた。

「土門さん??」

「着てろ」

「……………」

マリコはうつ向き、ジャケットの前をかきあわせる。
髪をかけた片方の耳が、赤く染まっていた。

「なんだ、気づいてたのか?」

「今、気づいたのよ!……エッチ」

「お前にだけだ。悪いか?」

マリコは困ったように、ますます顔を赤らめる。

「まだ止みそうにないな……」

そういって、土門はわざとマリコから一歩離れた。
自分を戒めるためにだ。

それなのに……。

ワイシャツの袖口をぎゅっとつかむ小さな手。

「まったく……。どうなっても知らんぞ?」

「だって。土門さんだから……」

『勘弁してくれ……』と、土門は盛大なため息をつく。

そして、今度は二歩。
マリコに近づく。

隙間なく、二人の体が重なる。
まるで12時を指す、二つの針のように。




fin.




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