マリコと有雨子





「マリコさん!」

沈みがちなマリコの思考を掬い上げたのは呂太だった。

「なあに?」

「亜美さんが見つけたって!」

「本当!?」

マリコは呂太のもとに駆け寄るとヘッドフォンのコードを引き抜いた。
途端に、亜美の興奮した声が部屋にこだまする。

「マリコさん、見つけましたよ!見てください、これ!!」

亜美がディスプレイの全面に写したのは、コンビニから若い男に手を引かれて歩く男の子の姿だった。

「宗也!!!」

亜美の声を聞き、背後からのぞいていた瑠美が息子の名前を叫ぶ。

「宗也くんに間違いありませんか?」

「はい、はい!宗也です!」

瑠美は顔を歪め、今にも泣きそうだ。

「この映像は2時間前ね。この先の……」

「マリコくん!」

今度は日野の顔が画面に写る。

「所長、どうしました?」

「この先の映像も見つけた!車で移動してる!!」

「それなら!?」

「うん。さっそくNシステムでナンバーを追跡するよ!」

「お願いします!」

「榊、俺たちは先に現場周辺に向かう。随時指示を出してくれ!」

「分かったわ」

マリコは頷く。

「あの!」

部屋を出ようとした土門を、その声が呼び止めた。

「どうか息子を。宗也を助けてください、お願いします!」

瑠美はすがるように土門を見つめる。

「わかっています。必ず……」

土門もまた瑠美の瞳を見つめ、決意溢れる表情で力強く頷いた。


マリコは目を閉じた。

――――― 見たくない。

そしてディスプレイを凝視するふりをしながら、マリコは背中で土門を見送った。


土門はそんなマリコの奇妙な行動に気づいていた。
そして恐らく瑠美が原因であることも……。
しかし、今は宗也を助け出すことが急務だ。
それはマリコにも分かっているはずだ。
土門はマリコを信頼している。
自分にとって、公私ともにパートナーと為りうるのは……マリコしかいない。




日野と亜美が、Nシステムでヒットした場所をマリコに伝え、マリコたちはその周辺の防犯カメラをチェックする。

「マリコさん!見つけました!!」

宇佐見は珍しく、興奮に頬を紅潮させている。

「廃業したパチンコ店の裏口に、当該車両が停車しています!」

マリコはすぐにスマホを取りだし、コールする。

「もしもし、土門さん?見つけたわ!」




土門ら捜査員が駆けつけると、薄暗く埃っぽい店内には数人の人影があった。

外部からの足音に犯人たちは慌てて逃げ出した。
逃がすことなく捕らえてみれば、全員がチンピラ崩れの若い男どもだった。

「おいっ!宗也くんはどこだ!?」

ブリーチの男が店の奥を見て、顎をしゃくる。
土門と蒲原が店の奥にあった扉を開けると、壊れかけたソファに宗也はいた。
さぐるつわを巻かれ、手足もガムテープで縛られているが、土門を見つけると「うー!」と不自由ながら声を上げた。

「楡木宗也くんだね?」

土門は手際よく、戒めをほどいていく。

「うん」

「警察だ、助けに来た。怪我はないか?」

「ないよ」

「そうか、よく頑張ったな」

「うん!」

思ったより元気そうな様子に、土門は安堵した。

「よし、帰ろう。お母さんが心配してる」

「…………うっ」

母親のことを聞いた途端、張り詰めていた糸が切れたのだろう。
ポロポロと涙が溢れだした。
無理もない、まだ7つなのだ。

土門は宗也の頭をぐりぐりと撫でる。

「今だけ見なかったことにしてやる。お母さんの前では元気な顔を見せてやれよ?」

「…う、ん。ありがとう、おじさん」

「……………」

最後の一言にやや引っかかりはしたものの、土門は宗也の肩に腕を乗せ、彼を母親の元へと連れ帰った。

しかし、対面は病院で行われることになった。
念のため、宗也の健康観察が行われたからだ。
結果は良好で、特に外傷も見つからなかった。




「宗也!!」

病院へ駆けつけた瑠美は、宗也の姿を見つけるや否やその体を抱き締めた。

「……ママ、痛いよ」

それでも力は緩まない。
小さく漏れる嗚咽に、宗也も鼻をならし、ぎゅっと母親にしがみついた。

その様子を離れた場所で見ていた崇伸に、宗也が気づいた。

「パパ!」

宗也は父親に駆け寄る。

「宗也……」

崇伸は飛び込んできた我が子を抱き止めると……膝を折り、宗也と同じ目線の高さで抱き締めた。

「宗也……」

土門はそんな崇伸の様子に少し驚いた。
子供に対しても暴君だろうと勝手に想像していたのだ。

「あの人は、不器用な人なんです」

いつの間にか土門の隣に並んだ瑠美がポツリと呟いた。

「幼い頃から跡取りとして厳しく育てられたためか、自分の感情を上手く表現できないんです。それがもどかしくて、時々手が先に出てしまう…本当に子どものように不器用な人なんです……」

「奥さん……」

「土門さん、でしたわね?私がDVの被害に遭っているんじゃないか…と心配されているのなら、それは違います。夫は私にも宗也にも優しいです。間違った方向に進んでしまうこともありますが、そんなこと…どこの家族にも一度や二度はあることでしょう?」

瑠美は土門を見上げる。


「私は夫を、息子を、家族を愛しています」


有雨子と同じ顔で。
……………彼女はそう言った。


「……そうでしたか。わかりました」

「土門さん。息子を助けてくださり、本当にありがとうございました」

深々と頭を下げる瑠美に、「いえ」と一言だけ返し、土門はその場を立ち去った。




その後の捜査によれば、マリコの読み通り、確保した犯人は金で雇われただけの寄せ集めだった。
メールで指示が送られ、この犯行が成功すれば報酬が振り込まれることになっていたらしい。
黒幕については今ごろ…外務省と公安が調べていることだろう。



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