京都浴衣振興会応援プロジェクト with 京都府警





「藤倉くん……」

呼びかけられた藤倉は、ソファに腰掛けながらも背筋を伸ばす。

「何でしょう、佐伯本部長?」

「藤倉くん、君。浴衣は持っているかね」

「は?浴衣ですか。ええ、まあ……」

「そうかね!」

佐伯本部長は見るからに、ほっと安堵している。

「本部長?浴衣が何か?」

「いや、実はだね……」

続けて、本部長が語ったことによると……。

俳句仲間に京都浴衣振興会の会長がいるのだという。
今年はこんな状況故に夏の催しのほとんどが中止となってしまっている。
そのため、浴衣の売れ行きも他のアパレル同様下降の一途を辿っている。
そこで、京都の浴衣文化を守るために京都府警にも協力してほしいと頼まれたということだった。



「しかし、我々にできる協力とは?」

「なに、一日だけ署内で浴衣を着てくれればいいんだよ」

「私が、ですか?」

「君だけじゃない。できるだけ多くの職員に、だ。沖縄でもやっているだろう?市役所の職員がアロハシャツを着て。あれの浴衣版をやって欲しいんだ」

『アロハシャツ』ではなく『かりゆし』だ…と思いつつも、ギョロリとした本部長の期待に満ちた目から視線を逸らすことができず……。
藤倉は渋々了承することとなったのである。



「というわけで、科捜研も是非とも協力してほしい。女性所員は特に、だそうだ」

刑事部長室には日野が呼び出されていた。

「しかし、それ…セクハラになりませんか?」

日野は心配げだ。

「浴衣、といえばまずは女性だそうだ」

藤倉も弱り顔で、それでも本部長の言葉通りに伝える。

「はぁ…。まあ、わからなくもないですな。ただ亜美くんはともかく、マリコくんは……」

「今回は部長命令ということで、従わせてほしい」

「……分かりました。やってみます」

日野の口調は明らかに沈んでいる。

「すまないな……」

さすがに気の毒になったのか、藤倉も今回ばかりは日野に頭を下げるのだった。



「というわけでね。みんな浴衣を用意して欲しいんだ。持っていない人はいる?」

「私は持っています」

宇佐見の答えは、日野の予想通りだ。

「僕も、あるよー」

「えー?呂太くんあるの?いがーい!あ、私も去年新調したのであります!」

亜美は小さく挙手をする。
ここまでは予想通り。
さて、問題は……。

「マ、マリコくんは?」

日野は恐る恐るたずねる。

「ありますよ」

「へ?持ってるの、浴衣?」

「はい。ちょうど先週、母が送ってきてくれました」

「そ、そう!みんな持っているなら良かった!じゃあ、明後日は浴衣で勤務を頼むね」

「仕方ありませんね。これも京都のためです」

「コスプレみたいで楽しそうだね!」

「浴衣、久しぶり~!」

「マ、マリコくんもいいかい?」

最後の難関に、日野は果敢に挑戦する。

「はい」

「へ?いいの?」

「え? だって部長の命令なんですよね?」

「あ、そう!そうだよ」

「それなら仕方ないです。少し動きにくそうだけれど」

「一日だけだから、頼むね」

「はい」

案外すんなりことが進んだことに日野の頬は弛み、盛大に眼鏡がずり下がるのであった。





さて、二日後。

一人で浴衣の着れない職員は、着付けのできるベテラン職員のもとに順番に並ぶ。
そして着付けの終えた順から通常業務に戻っていく。


「亜美さん、大人っぽい!」

「似合っていますよ」

「本当?」

宇佐見と呂太に褒められ、亜美は嬉しそうにくるりと回って見せる。

亜美もそろそろ大人な雰囲気にしたいと思い、紺の浴衣を着てみたのだ。

「宇佐美さんは予想通り素敵だし、呂太くんも似合ってるわよ♪」


「あれ?土門さんと蒲原さんだ!」

呂太が指差す先には、同じく浴衣を纏った刑事二人の姿があった。

「お二人も浴衣ですか?」

宇佐見も驚いている。

「当番班でない捜査員にも、今日は浴衣の指令が下っているんですよ」

土門は苦笑いだ。

「涌田さん……」

蒲原は亜美の浴衣姿をじっと見ている。

「な、何ですか?」

「いや、あの……」

「『馬子にも衣装』、とか言うんですか?」

「ち、ちがう。俺は土門さんじゃないよ……」

「どういう意味だ、蒲原?」

土門と亜美の挟み撃ちにあい、蒲原は慌てる。

土門は『ふん!』とその場を離れる。
宇佐見も呂太を引き連れて、土門の後に続いた。


「馬子にも衣装どころか、キレイ、だと思うけど……?」

「え?」

「いつもの涌田さんより大人っぽくて、驚いたというか……」

「あ、ありがとうございます……」

「う、うん……」


土門と宇佐見は、そんな二人を遠巻きから微笑ましく見ていた。

「初々しいですね」

「ははは。しかし、宇佐見さんは何でも着こなしますね!浴衣もよく似合っていますよ」

「ありがとうございます。土門さんこそ……と、その先はあちらの方に聞いてください」

「?」

宇佐見が向けた視線の先には、ちょうど着付けを終えたマリコが出てくるところだった。


「うわぁ…、マリコさん……」

呂太もそれ以上言葉が出ない。

一瞬にしてその場の空気が変わった。
男女問わず、皆が息を飲む。
視線を逸らすことが出来ない…美しすぎて。

「よくお似合いですね。土門さん、私たちは先に科捜研へ戻ります」

宇佐見の言葉は土門の耳をすり抜ける。
なぜなら土門の目は、すでにマリコに釘づけになっていた。



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