『密着!どもマリ24時』(マリコさんB.D編)
in microscope
水族館を出た後、二人の足は自然とある方角に向かっていた。
重厚な扉はいつもと同じように軽く開いた。
そして、いつもと同じようにチリンと来客を告げる鐘が鳴る。
迎えてくれるのも、いつもと変わらぬ笑顔。
「いらっしゃいませ、榊さま。土門さま」
「こんばんは、マスター」
そう答えたマリコは、ここでいつもとは違うことに気づいた。
店内に客が一人もいないのだ。
椅子の数は決して多くはないけれど、それでもいつも数人の常連客がいたはずた。
マリコは訝しさを覚えながらも土門に促され、カウンターに腰をおろした。
「あの……。今日は……静かですね?」
遠慮がちなマリコの質問に、マスターは笑う。
「ええ。今夜はあるお得意様のためだけにお店を開けているのですよ」
「……………?」
「何でもお連れの方がお誕生日だそうで。二人きりでゆっくりとお酒と会話をお楽しみになりたいんだそうです」
「えっ……?」
「そんな素敵な一日の最後に当店を選んでいただけるなんて、大変光栄だと思いまして。喜んでお申し出をお受けした次第です」
マリコはマスターの話を聞き終えると、土門の顔を見た。
口をへの字に曲げたその顔がすべてを物語っている。
おおかた、「全部バラさなくても」と思っているに違いない。
「さあ、こちらをどうぞ」
まずは土門の前に、いつものウィスキーが置かれた。
そして、マリコには。
「榊さま、お誕生日おめでとうございます。ささやかですが、こちらは私からのプレゼントです」
そういって、カクテルが用意された。
「これは?」
「オリジナルカクテルです。名前は『マリコ』。オーダーいただけるのは、貴女だけです」
「私だけのカクテル、ですか?」
「はい」
マリコをイメージしたそのカクテルは、赤をベースにグラスの底から上に向かって何層ものグラデーションを描いている。
一番上はほんのりとした桜色だ。
「とっても綺麗だわ!マスター、ありがとうございます」
口にするのが勿体ない気がして、マリコはしばらく眺めていたけれど、マスターに感想を求められ、一口含んでみた。
ふわりとベリーの甘酸っぱさが広がる。
でも後味はとてもシャープで、きっと何かシトラス系のリキュールも忍ばせてあるのだろう。
「美味しいわ!甘い味わいから少しずつ味が変化していって、最後はとてもスッキリしている。どういう配合なのかしら……」
こんな時まで悪い癖の出るマリコに、土門は苦笑する。
「それは企業秘密だろう」
「土門さまのおっしゃる通りです」
男二人に笑われ、マリコは少しだけ唇を尖らせた。
もちろん、そんな表情さえ魅力的なことに、またしても二人が苦笑しているとは思わずに。
それから二人は持ち帰ったパンフレットを広げ、びわ湖バレイへの計画をあれこれと考え始めていた。
すると、ふいにマリコの隣へ黒い影が舞い降りた。
「きゃっ!……オパール!?」
「ニャア!」
この店の看板猫はマリコの腕に頭を擦り付け、手の甲をペロリと舐めて甘える。
「榊さまのお誕生日ですからね。オパールもお祝いしたかったのでしょう」
「まあ!ありがとう、オパール」
頭を撫でられ喉を鳴らしたオパールは、マリコの膝の上に飛び移った。
その瞬間、土門が非常に険しい顔を見せた。
なぜなら……。
実は今日、マリコは珍しくワンピースを身に着けていた。
もちろん、デートだから、という理由でだ。
それに対して土門に異存はなく、むしろ顔がニヤケ……いや、微笑ましいと思っていた。
そしてその姿を堪能し、できることならハプニングさえ…と、やや邪な思いを抱いていたのだ。
ディナーテーブルでは向い合わせだったため叶わなかったが隣り合うここでなら……という淡い期待がオパールによって完全に潰えてしまったからだ。
――――― うぬぬっ…。オパールのやつ!
じろりと睨んだところで、猫のほうは涼しい顔だ。
――――― マリコの膝は渡さないニャー♪
おまけにあくびまでしている。
――――― あー、柔らかくて温かくて気持ちいいニャァ……
オパールは身体を丸め、マリコの膝の上を塒にする。
「榊さま、お召し物が汚れませんか?」
と、絶妙なタイミングでマスターの助け船が入った。
――――― さすがマスター!榊の膝から降りろ、オパール!!
「気持ち良さそうにしてるから、もう少しだけね?」
「ニャー」
――――― 榊…お前せっかくのチャンスを!くそっ!!
――――― ふふんニャッ♪
水面下でそんなやり取りが行われていたかどうかは謎だが、カクテルのおかわりをきっかけに、マリコはオパールを膝からおろした。
「ニャア?」
不満げなオパールの背中をマリコは撫でる。
そして。
「交代よ」
それはどういう意味だろう。
土門は新しく用意されたグラスに手を伸ばした。
すると、ふいにスラックスの上にマリコの手が乗った。
「?」
呼ばれたのかと思い、土門は隣を見る、
しかしマリコは何事もなかったかのように、マスターと談笑している。
だが、その手はそのまま動かない。
土門はマリコの手を握ると、そっと持ち上げマリコのワンピースの上に戻した。
自分の手を添えたまま。
滑らかな生地のワンピースは触り心地がよく、土門の手が何度も上下に動く。
しばらく見逃していたマリコだったが、その手が裾を弄ぶようにしながら生地の下へ潜り込もうとした時点でイタズラを咎めた。
キュッと手の甲をつねられ、すごすごとその手は退散していった。
「さて、今夜はそろそろお店を閉めてもよろしいですか?」
時刻は11時半を回っていた。
本来ならばもっと遅い時間まで営業しているbarだが、今夜は貸しきりだ。
文句は言えない。
「もちろんです。今日は我儘をきいてもらってありがとうございました」
「とんでもない!先に裏の片付けをしてきますので、それまではごゆっくりなさっていてください。オパール、お前もおいで!」
飼い主に呼ばれては無視もできず、オパールは主人のあとを追った。
「榊」
「なあに?」
「もうすぐ誕生日も終わりだな」
「そうね……」
「これを、お前に」
「え?」
マリコの目の前に置かれたのは、赤いリボンで飾られた細長い箱だった。
そっと手に取り、ゆっくりとリボンをほどく。
マリコが葢を開けると、中には繊細なゴールドのチェーンが入っていた。
「ブレスレット?」
「いや、アンクレットだ。知ってるか?」
「ええ。着けたことはないけど……」
土門もショップで初めてその存在を知った。
そして、これまでマリコが身に付けているところを見たことがなかったので、これを選んだのだ。
土門はアンクレットを手にすると、スツールを降り、その場にしゃがみこんだ。
マリコの左足に手を伸ばすと、ヒールを脱がせ自分の太ももの上に乗せた。
「ど、土門さん……」
マリコは羞恥から足を戻そうとするが、土門にしっかりと押さえられてしまい叶わない。
ストッキングを履いたマリコの足に触れると、少しザラリとした感触がした。
しかし、それは却ってマリコの素足の滑らかさを想像させ、土門は背筋がぞくりと震えた。
土門は金の螺旋チェーンで細く括れたマリコの足首を彩った。
きっと歩くたびに揺れ、時おり光を反射して輝くのだろう。
想像するだけで目眩がしそうだった。
今ここで目の前の白い足にむしゃぶりつきたい衝動を、膝頭に一つ、口づけることで土門は堪えた。
「似合ってるぞ」
「ありがと……」
マリコは土門の顔を見ることができず、伏し目がちに答えた。
「榊、今夜はずっとこれをつけていてくれないか?」
「?」
「明日の朝まで。俺の側から逃げられないように、足枷として……」
その言葉に含まれた淫靡な香りにマリコは息を飲む。
「明日は……土門さんも仕事よ?」
「だったら明日も休むか?」
「何言ってるの!酔いすぎじゃないの、土門さん?」
「そうかもな……」
「え?」
ふいに伸びてきた土門の手が、マリコの顎を捉える。
「……酔わせるお前が悪い」
マリコは目の前のカクテルと同じ色に頬を染める。
ただ、『マリコ』とは違い……。
どうやら二人のカクテルは、最後まで甘い余韻を含んでいるようだった。
fin.
水族館を出た後、二人の足は自然とある方角に向かっていた。
重厚な扉はいつもと同じように軽く開いた。
そして、いつもと同じようにチリンと来客を告げる鐘が鳴る。
迎えてくれるのも、いつもと変わらぬ笑顔。
「いらっしゃいませ、榊さま。土門さま」
「こんばんは、マスター」
そう答えたマリコは、ここでいつもとは違うことに気づいた。
店内に客が一人もいないのだ。
椅子の数は決して多くはないけれど、それでもいつも数人の常連客がいたはずた。
マリコは訝しさを覚えながらも土門に促され、カウンターに腰をおろした。
「あの……。今日は……静かですね?」
遠慮がちなマリコの質問に、マスターは笑う。
「ええ。今夜はあるお得意様のためだけにお店を開けているのですよ」
「……………?」
「何でもお連れの方がお誕生日だそうで。二人きりでゆっくりとお酒と会話をお楽しみになりたいんだそうです」
「えっ……?」
「そんな素敵な一日の最後に当店を選んでいただけるなんて、大変光栄だと思いまして。喜んでお申し出をお受けした次第です」
マリコはマスターの話を聞き終えると、土門の顔を見た。
口をへの字に曲げたその顔がすべてを物語っている。
おおかた、「全部バラさなくても」と思っているに違いない。
「さあ、こちらをどうぞ」
まずは土門の前に、いつものウィスキーが置かれた。
そして、マリコには。
「榊さま、お誕生日おめでとうございます。ささやかですが、こちらは私からのプレゼントです」
そういって、カクテルが用意された。
「これは?」
「オリジナルカクテルです。名前は『マリコ』。オーダーいただけるのは、貴女だけです」
「私だけのカクテル、ですか?」
「はい」
マリコをイメージしたそのカクテルは、赤をベースにグラスの底から上に向かって何層ものグラデーションを描いている。
一番上はほんのりとした桜色だ。
「とっても綺麗だわ!マスター、ありがとうございます」
口にするのが勿体ない気がして、マリコはしばらく眺めていたけれど、マスターに感想を求められ、一口含んでみた。
ふわりとベリーの甘酸っぱさが広がる。
でも後味はとてもシャープで、きっと何かシトラス系のリキュールも忍ばせてあるのだろう。
「美味しいわ!甘い味わいから少しずつ味が変化していって、最後はとてもスッキリしている。どういう配合なのかしら……」
こんな時まで悪い癖の出るマリコに、土門は苦笑する。
「それは企業秘密だろう」
「土門さまのおっしゃる通りです」
男二人に笑われ、マリコは少しだけ唇を尖らせた。
もちろん、そんな表情さえ魅力的なことに、またしても二人が苦笑しているとは思わずに。
それから二人は持ち帰ったパンフレットを広げ、びわ湖バレイへの計画をあれこれと考え始めていた。
すると、ふいにマリコの隣へ黒い影が舞い降りた。
「きゃっ!……オパール!?」
「ニャア!」
この店の看板猫はマリコの腕に頭を擦り付け、手の甲をペロリと舐めて甘える。
「榊さまのお誕生日ですからね。オパールもお祝いしたかったのでしょう」
「まあ!ありがとう、オパール」
頭を撫でられ喉を鳴らしたオパールは、マリコの膝の上に飛び移った。
その瞬間、土門が非常に険しい顔を見せた。
なぜなら……。
実は今日、マリコは珍しくワンピースを身に着けていた。
もちろん、デートだから、という理由でだ。
それに対して土門に異存はなく、むしろ顔がニヤケ……いや、微笑ましいと思っていた。
そしてその姿を堪能し、できることならハプニングさえ…と、やや邪な思いを抱いていたのだ。
ディナーテーブルでは向い合わせだったため叶わなかったが隣り合うここでなら……という淡い期待がオパールによって完全に潰えてしまったからだ。
――――― うぬぬっ…。オパールのやつ!
じろりと睨んだところで、猫のほうは涼しい顔だ。
――――― マリコの膝は渡さないニャー♪
おまけにあくびまでしている。
――――― あー、柔らかくて温かくて気持ちいいニャァ……
オパールは身体を丸め、マリコの膝の上を塒にする。
「榊さま、お召し物が汚れませんか?」
と、絶妙なタイミングでマスターの助け船が入った。
――――― さすがマスター!榊の膝から降りろ、オパール!!
「気持ち良さそうにしてるから、もう少しだけね?」
「ニャー」
――――― 榊…お前せっかくのチャンスを!くそっ!!
――――― ふふんニャッ♪
水面下でそんなやり取りが行われていたかどうかは謎だが、カクテルのおかわりをきっかけに、マリコはオパールを膝からおろした。
「ニャア?」
不満げなオパールの背中をマリコは撫でる。
そして。
「交代よ」
それはどういう意味だろう。
土門は新しく用意されたグラスに手を伸ばした。
すると、ふいにスラックスの上にマリコの手が乗った。
「?」
呼ばれたのかと思い、土門は隣を見る、
しかしマリコは何事もなかったかのように、マスターと談笑している。
だが、その手はそのまま動かない。
土門はマリコの手を握ると、そっと持ち上げマリコのワンピースの上に戻した。
自分の手を添えたまま。
滑らかな生地のワンピースは触り心地がよく、土門の手が何度も上下に動く。
しばらく見逃していたマリコだったが、その手が裾を弄ぶようにしながら生地の下へ潜り込もうとした時点でイタズラを咎めた。
キュッと手の甲をつねられ、すごすごとその手は退散していった。
「さて、今夜はそろそろお店を閉めてもよろしいですか?」
時刻は11時半を回っていた。
本来ならばもっと遅い時間まで営業しているbarだが、今夜は貸しきりだ。
文句は言えない。
「もちろんです。今日は我儘をきいてもらってありがとうございました」
「とんでもない!先に裏の片付けをしてきますので、それまではごゆっくりなさっていてください。オパール、お前もおいで!」
飼い主に呼ばれては無視もできず、オパールは主人のあとを追った。
「榊」
「なあに?」
「もうすぐ誕生日も終わりだな」
「そうね……」
「これを、お前に」
「え?」
マリコの目の前に置かれたのは、赤いリボンで飾られた細長い箱だった。
そっと手に取り、ゆっくりとリボンをほどく。
マリコが葢を開けると、中には繊細なゴールドのチェーンが入っていた。
「ブレスレット?」
「いや、アンクレットだ。知ってるか?」
「ええ。着けたことはないけど……」
土門もショップで初めてその存在を知った。
そして、これまでマリコが身に付けているところを見たことがなかったので、これを選んだのだ。
土門はアンクレットを手にすると、スツールを降り、その場にしゃがみこんだ。
マリコの左足に手を伸ばすと、ヒールを脱がせ自分の太ももの上に乗せた。
「ど、土門さん……」
マリコは羞恥から足を戻そうとするが、土門にしっかりと押さえられてしまい叶わない。
ストッキングを履いたマリコの足に触れると、少しザラリとした感触がした。
しかし、それは却ってマリコの素足の滑らかさを想像させ、土門は背筋がぞくりと震えた。
土門は金の螺旋チェーンで細く括れたマリコの足首を彩った。
きっと歩くたびに揺れ、時おり光を反射して輝くのだろう。
想像するだけで目眩がしそうだった。
今ここで目の前の白い足にむしゃぶりつきたい衝動を、膝頭に一つ、口づけることで土門は堪えた。
「似合ってるぞ」
「ありがと……」
マリコは土門の顔を見ることができず、伏し目がちに答えた。
「榊、今夜はずっとこれをつけていてくれないか?」
「?」
「明日の朝まで。俺の側から逃げられないように、足枷として……」
その言葉に含まれた淫靡な香りにマリコは息を飲む。
「明日は……土門さんも仕事よ?」
「だったら明日も休むか?」
「何言ってるの!酔いすぎじゃないの、土門さん?」
「そうかもな……」
「え?」
ふいに伸びてきた土門の手が、マリコの顎を捉える。
「……酔わせるお前が悪い」
マリコは目の前のカクテルと同じ色に頬を染める。
ただ、『マリコ』とは違い……。
どうやら二人のカクテルは、最後まで甘い余韻を含んでいるようだった。
fin.