『父になる』ということ。『母になる』ということ。
昼過ぎに足を踏み入れた京都府警は、珍しく人がまばらだった。
二人はまっすぐ藤倉の部屋へと向かう。
ノックのあと現れた2つの顔に、藤倉は眉を上げた。
「どうした、二人とも。今日は休みだったはずだろう?」
「はい。実は刑事部長に報告があります」
「嫌な予感しかしないな。……何だ?」
藤倉はじろりと土門を見上げる。
「実は……榊が妊娠しました」
「…………………………そうか」
そっけない返事だが、ずいぶんと開いた間が藤倉の驚愕ぶりを表している。
「それで?榊はこのまま仕事を続けられそうなのか?」
「はい。続けたいと思っています」
マリコは、断固たる意思を宿した瞳で藤倉を見返す。
「土門も同じ意見か?」
「無理のない範囲で、ということにはなりますが……」
「分かった、いいだろう。まあ…榊の場合、仕事を取り上げるほうが体に悪そうだからな」
「確かに……」
「?」
男二人の会話に、マリコは首を傾げる。
「詳しいことは日野所長と相談するとして……現場での検視と解剖の立ち会いは禁止だな」
「そうですね」
藤倉の提案に土門も同意する。
しかし。
「え!?」
マリコ一人が驚きの声を上げたのだが……。
「「『え!?』じゃない!」」
見事なハモりに、マリコは首をすくめた。
「ご遺体が危険なウィルスにでも感染していたらどうするんだ?お前は自分の子どもを危険に晒す気か!?」
どちらが父親か分からぬほどの藤倉の剣幕に、さすがの土門も驚いている。
「あ、いや。大声を出してすまない。それだけ心配、ということだ」
藤倉はマリコの前に立ち、その顔をまじまじと見た。
「お前たちの子どもを待ち望む人間は多い。それを忘れるな」
「部長……」
「ご両親には連絡したのか?」
「いえ……。安定期に入ってからと思っています」
「そうか……。色々と考えはあるだろうが、早めに伝えたらどうだ?喜ばれると思うぞ?」」
マリコは土門と顔を見合わせ、『はい』と頷いた。
「では、科捜研へも報告してきます」
土門は一礼すると、マリコを気遣うように出口へ向かう。
「ああ、二人とも」
「はい?」
呼び掛けに、二人が振り返る。
「おめでとう!」
「「……………」」
土門はやや照れたように、マリコは花が綻ぶように、明るい2つの笑顔を残して部屋を出て行った。
「思いたくはないが…、孫ができるということは、こういう気分なんだな、きっと。だが、まぁ。それも……悪くない」
藤倉は睫毛を伏せ、ただ一人、ふっと小さく笑った。