『父になる』ということ。『母になる』ということ。
2日後、マリコは早月のもとを訪れた。
「貧血検査の結果は問題なかったわよ」
「ありがとうございます」
マリコは安堵の表情を見せた。
「でも、代わりに気になる結果を見つけたの」
「え?どういうことですか?」
「はい。マリコさんなら自分で分かると思うわ」
早月は血液検査の結果をマリコへ見せた。
「…………」
マリコは上から数値を辿っていく。
そして、視線がピタリと止まった。
「えっ!………わたし?」
マリコは早月の顔を凝視する。
「その結果が全てを物語っているわね」
「…………」
無言のマリコは、血の気が引いたような青白い顔をしている。
その表情を見て、早月はあえて機械的にマリコに対応した。
「いずれにしろ、土門さんと話し合うべきね。二人の結論が出たら連絡して」
「……は、い」
マリコは辛うじて答えを返した。
早月と別れ病院を出てから、マリコはふわふわと地に足が着いていないような感じがしていた。
京都府警に戻り、科捜研へ向かう道すがらもぼんやりと歩いていた。
「榊!」
その姿を見つけた土門が声をかける。
結婚しても、マリコは旧姓のまま仕事を続けている。
だから職場では、これまでと同じように土門はマリコを旧姓で呼んでいる。
マリコも同様だ。
しかし、マリコは気づくことなく歩みを進める。
だがマリコの向かうその先には……。
「おいっ!危ないっ!!」
間一髪で、土門はマリコの腕を引く。
“はっ”と気づいたマリコの目の前には階段が迫っていた。
「落ちる気か!?」
「あ…ごめんなさい」
土門の怒号に、周囲の人間が注目しだした。
『夫婦喧嘩か?』と興味深々な目を向けてくる者もいる。
「ちょっと来い……」
土門はマリコを空き部屋に連れ込んだ。
「何かあったのか?」
「ううん。何でも……ないの」
嘘だろう…。
予め早月から話を聞いていた土門には察しがついていた。
今日が検査結果を聞きに行くはずの日だったからだ。
「本当か?」
念を押す土門にマリコは逡巡しながらも、最後は首を縦に振った。
「そうか……。何かあるなら、俺に話せよ。いいな?」
「うん。分かってるわ」
「まだ鑑定は残っているのか?」
「急ぎの分はないわ」
「だったら今日はもう帰れ。そんな風にぼんやりしていたら、かえってミスするのがオチだ」
土門の言うことはもっともだと思うが、マリコは今の不安な気持ちのまま一人で家にいるのは嫌だった。
「薫さんは?」
「ん?」
「早く帰ってくる?」
土門はマリコの揺れる瞳に気づいた。
二人きりだとはいえ、職場で自分のことを下の名前で呼ぶのも珍しい。
土門はそっとマリコの髪を撫でた。
「いつもの時間には帰る」
「……それまで、科捜研で待ってちゃダメ?」
すがるような表情のマリコに、土門は驚いた。
これは余程のことか?
「……分かった。上がる前に連絡する。それでいいか?」
「ええ。ありがとう」
安心したような笑顔を見て、自分の選択が正しかったことを土門は悟った。
2年前、土門は何があっても必ずマリコを守ると誓った。
マリコの両親に。
美貴に。
自分達を祝福してくれた全ての人に。
そして。
……マリコ自身に。