『父になる』ということ。『母になる』ということ。
マリコの体調はあと3、4日のうちには退院できそうなほどにまで回復していた。
その間も毎日欠かさず土門は見舞いに顔を出す。
しかし時には面会時間を過ぎてしまい、赤ん坊の顔を見られない日もあった。
土門の仕事を考えると、早い時間にここへやって来ることは難しい。
それを分かっている早月の計らいで、土門はもう一時間面会時間の延長を可能にして貰うことができた。
この日も一般の面会時間を過ぎてから現れた土門と、マリコは並んで自分の子どもを見つめていた。
「あら?土門さんいらっしゃい!」
ちょうど早月が新生児室へ入ってきた。
「風丘先生、こんばんは」
「可愛いわよね~。ついつい見に来ちゃうのよ」
早月も相好を崩し、ガラスの向こうを見つめる。
「あ!そうだ」
何か思い付いたのか、早月は仕切りの扉を開けて、赤ん坊の並ぶ部屋へ入っていった。
そして、すぐに戻ってきた早月は防護服を手にしていた。
「婦長に確認したら、10分ぐらいならいいって!」
「本当ですか!?」
「ええ。向こうで手を洗って、これを着てきてね。マリコさんはお先にどうぞ」
土門が準備を整えて部屋に入ると、マリコが手慣れた様子で赤ん坊を抱いていた。
土門はマリコからそおっと小さな身体を受けとる。
首を安定させるために、変に力んでしまった。
土門が我が子を抱くのは、これが2度目だ。
1度目はただただ不思議な感じしかしなかった。
でも、今は。
とても軽い身体だけれど、同時にとてつもない重みを感じた。
例えるなら、それは。
守るのだという、使命感。
幸せにしたいという、願い。
そして、……何より愛おしいという愛情。
マリコは、土門の腕の中の我が子に手を伸ばした。
まだ瞼さえ開かないというのに、マリコが人差し指を小さな手に潜り込ませると、ぎゅっと力一杯握りしめている。
そして、その様子を見守るマリコの表情。
土門はクリスチャンではないが、それでも『聖母マリアとキリスト』という単語が頭を過った。
まるで一枚の絵のような美しく、慈愛に満ちたこの瞬間を、土門は心に留めた。
――――― 決して、忘れない。
何年、何十年経ったとしても。
胸に込み上げるものを無理やりにおさめ、代わりに土門は口を開いた。
「マリコ、名前なんだが……考えてみた」
マリコは黙って先を待っている。
「光という字に翼と書いて『ひかる』はどうだろう。翼という字は添字になるが、それでも問題ないらしい」
「
マリコは自分でも呟いてみる。
「俺たちがこの子の人生の中でしてやれることは、そう多くはないだろう。だから、俺たちの手を離れても自分で幸せを掴めるように、光溢れる未来へたどり着けるように……」
「翼を贈ったのね?」
「ああ」
「いいと思うわ。光翼、パパから素敵なプレゼントを貰ったわね」
「パ、パパ!?……は止めてくれ。どう見てもらしくなさすぎる」
「分かってるわよ。ちゃんとお父さん、お母さんて呼ばせるつもりよ」
渋い顔の土門に、マリコは肩を揺すって笑っている。
――――― 光翼。
あなたの果てしない物語は、今、始まったばかり。
愛おしむ表情の父と母の
そして。
何とも呑気に欠伸をもらすのだった。
fin.
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