『父になる』ということ。『母になる』ということ。
退院までの間に、マリコにはいくつか嬉しい出来事があった。
一つは思わぬ訪問客があったことだ。
その人物は二人連れで、片方は自分の顔よりも大きな花束を抱えていた。
「あら、ボク!お見舞いに来てくれたの!?」
それはマリコが身を呈して守った男の子とその母親だった。
『おめでとうございます』というお祝いに続けて、母親は頭を下げた。
「あの、その節は本当にありがとうございました。なんとお礼とお詫びを申し上げたらいいのか……」
「いいえ。息子さんが無事で何よりでした」
「おねーさん、赤ちゃん、オメデト」
「ありがとう。綺麗ね」
花束を大事そうに受け取り、マリコは男の子に笑顔を向けた。
「赤ちゃん、遊べる?」
「うん、もう少し大きくなったら一緒に遊んでくれる?」
「うん!ボク、赤ちゃんの“にいに”になる!」
「ありがとう」
キラキラと瞳を輝かせると、男の子は母に手を引かれ「バイバイ」とマリコに手を振る。
頭を下げる母親に、マリコも会釈を返した。
もう一つは、予想通りの来客だ。
「マリちゃん!」
突然ガバッと背後からマリコは抱きしめられた。
「母さん!父さん!」
「遅れてごめんなさいね」
「ううん。もう会ってくれた?」
「まだよ。貴方に会って、褒めてあげるのが先。マリちゃん、よく頑張ったわね」
そういって、いずみはマリコの肩を撫でた。
「まあちゃん、お疲れさま」
「父さん……」
土門とは違う、両親からの労いの言葉に、マリコの涙腺は緩む。
その様子を離れて見守っていた土門にも、別の声がかかった。
「お兄ちゃん、おめでとう!」
「美貴!来てたのか!?」
「うん。風丘先生に聞いたよ。良かったね…マリコさん似の赤ちゃんで!」
「ふんっ!せっかく来たんだ。会っていけよ?」
「当たり前でしょう?私の目的は、一番目に赤ちゃんに会うこと。二番目にマリコさんをお祝いすることだもん」
「俺は!?」
「もう言ったじゃん!ゼロ番目に!」
美貴は握った拳で兄の腕にグーパンチを食らわすと、「マリコさーん」とマリコのもとへ駆けていく。
マリコは嬉しそうに美貴の名を呼び、手を取り合って喜んでいた。
嵐のような親族たちは、新生児室のガラス越しに並んだ二人の赤ん坊を、飽きることなく眺めている。
いずみはやはり、鼻を啜っていた。
伊知郎も何度も眼鏡をずらしては、目頭を押さえている。
そして美貴はスマホで動画を撮影すると、科捜研へと送信した。
さっきマリコが言っていたのだ。
科捜研のみんなや、藤倉には退院したら赤ん坊を連れて挨拶に行くと。
でも、その前に見たいよね……?
動画を見たメンバーたちが、今ごろどんな反応しているのか…それを想像するだけでも、この小さな命の誕生の素晴らしさを美貴もまた実感するのだった。