『父になる』ということ。『母になる』ということ。
途中、早月も駆けつけ、マリコが分娩室へ運ばれてからすでに5時間が経過していた。
時々扉の向こうから呻くような声が漏れ聞こえる。
土門は組んだ両手を額に当て、その時を待った。
――――― ?
土門は泣き声のような、か細い声を耳にした気がして顔を上げた。
気のせいだろうか?
思わず土門が立ち上がったとき、扉が開き、早月が顔をのぞかせた。
「土門さん、おめでとう!」
「……………」
土門は何と答えたらいいのか分からなかった。
自分で自分の感情がコントロールできない。
「マリコ、は?」
ただとめどなく沸き上がる何かを必死にこらえ、その一言を発するのが精一杯だった。
「大丈夫。母子ともに健康です!後産を終えたらマリコさんは病室へ戻れるから、もう少し待ってて」
「はい。あの……」
「?」
「風丘先生、ありがとうございました」
「いいえ。今日からお父さんね、土門さん?」
深々と頭を下げる土門に、早月はひらひらと手を振りマリコのもとへ戻って行った。
処置を終えたマリコが車イスに乗せられ、分娩室から出てきた。
疲労から多少顔色は優れないようだが、思ったよりも元気そうだった。
出産を経て充実感と達成感を得たマリコは、すでに母親の顔をしている。
土門は自分だけ置いてきぼりを食らったような気がした。
だが所詮、男は母親に勝てはしないのだ。
「薫さん……」
そう自分の名前を呼ぶマリコの瞳は、やや潤んでいた。
土門はマリコの手にそっと触れ、決めていた言葉を伝えた。
「お帰り、マリコ。そして……ありがとう」
その言葉に、マリコの目尻がきらりと光った。