『父になる』ということ。『母になる』ということ。
それから約3週間が過ぎ、マリコは夜半に雨の音で目覚めた。
最近では眠りが浅く、少しの物音でも目覚めることはよくあった。
でも……。
時々、ピリピリとした小さな痛みが下腹部に走る。
しばらくじっとして様子を見ていたのだが、その痛みは徐々に強さを増してきた。
いよいよ、その時がやって来たのだ。
マリコは慌てず痛みの弱まるのを待ってベッドをおり、ナースステーションに向かった。
「土門さん!どうしたの?」
マリコに気づいた看護師が駆け寄り、マリコの体を支える。
「あの…、つぅ……」
「あら?始まった?」
マリコは痛みに顔をしかめながら、頷く。
「すぐにご主人に連絡しますね。あとは……」
看護師が連絡先を確認する。
「風丘先生ね」
「おねが、い、しま、す……」
「大丈夫よ。まずは部屋に戻りましょう。子宮口の開き具合を確認するわね」
マリコは看護師に付き添われ、ゆっくりと歩き出す。
ほんの数メートルの距離が痛みで何倍にも感じられた。
病院から電話が鳴ったとき、土門は容疑者を追尾中だった。
着信を確認したものの、結局出れずじまいだった。
その後、容疑者を無事に確保し終えると、土門は後を託し病院へ急いだ。
息が切れるのも構わず、走り続ける。
ぶつかりそうな勢いで入り口の自動ドアを抜け、しばらくかかりそうなエレベーターに見切りをつけて、階段を駆け上がる。
視界が開けたちょうどその時、ストレッチャーに乗せられ分娩室に運ばれるマリコの姿が目に入った。
「マリコ!!」
振り絞る声にマリコは気づいた。
その顔に、ほっと安心したような笑みがうかんだ。
そして同時に、痛みに眉を潜める。
「ここで待ってるからな!」
マリコは口を動かす。
声は聞こえないが、恐らくは『行ってきます』だろうと土門には伝わった。
だから、土門は決めた。
次にマリコに会うときは……。
「お帰り」と。
そして。
「ありがとう」を伝える。