『父になる』ということ。『母になる』ということ。
「胎児の心音も元に戻ったし、マリコさんの体調も回復して本当に良かったわ。一時はどうなることかと思ったんだから……土門さんなんてこの世の終わりみたいな顔してたし」
「じ、自分はそんな顔……してません」
突然話題を振られ、土門は焦る。
「そお……?」
早月は、ニヤニヤと土門の顔を眺めている。
「ところで、先生。いつ頃退院できますか?」
「あ……。そのことなんだけどねぇ」
急に早月の歯切れが悪くなる。
「産科の先生とも相談したんだけど、マリコさん……このまま出産まで入院しない?」
「え?」
「高齢出産がリスクを伴うことは分かっているでしょう?今回のこともあって、予定日より早く生まれる可能性も考えられるみたいなの。もともと様子を見るために一週間は入院してもらうつもりだったから、それならいっそのこと出産まで入院したほうが安心じゃないかしら?」
「でも……」
「マリコ、そうしろ」
「薫さん……」
「もし、俺の留守に何かあったら…そう考えると仕事にも集中できん。ここに居てもらった方が俺も安心だ」
そこまで言われては、首を縦に降るしかない。
マリコは出産までのおよそ一ヶ月を病院で過ごすことになった。
「ところで、お二人さん。立ち合いはどうするか決めた?」
二人は顔を見合わせたまま、無言だ。
「相談して、決まったら産科の看護師に伝えてね」
「はい」
マリコは頷いた。
「じゃあ、私からは以上。もう部屋へ戻ってOKよ」
病室へ戻ると、マリコは土門に話しかけた。
「薫さんは、出産に立ち合いたいと思ってる?」
「お前はどうなんだ?」
「私?私は……」
「お前の好きなほうにすればいい。俺はそれに従う」
「私は……、一人で頑張りたいと思う。今はどんなことも男女平等で、それは大切なことだけど…、性別が違う以上、それぞれに『できること』と『できないこと』があるでしょう?出産がまさにそれだと思うの。女性の私にしかできないことだから、自分で頑張ってみる。そうしたら、本当にこの子のお母さんになれる気がするから……」
勝手を言ってごめんなさい、とマリコは少し俯く。
「お前の好きにしろと言ったのは俺だ。気にするな。お前の言う通り、こればかりは代わってやれない……。それに、立ち合うと約束しても反故にしてしまう可能性もあるからな」
捜査のことを言っているのだろう。
土門は苦い顔をしている。
「大丈夫。私、決めてるの」
「?」
「薫さんを絶対にお父さんにするんだ、って」
「マリコ……」
「だから、頑張るわ。私。側にいなくても応援してくれるでしょう?」
「ああ。いつ、いかなるときも、だ」
「!?」
マリコは目を見開く。
「マリコ?」
「賛成ですって!」
ポコンと蹴られたお腹をマリコはさする。
「そうか……」
途端に相好を崩し、土門もまあるくお腹を撫でる。
ーーーーー 生まれる前からこんな顔しちゃって……。
ーーーーー 大丈夫なのかしら?
マリコは、ずいぶんと幸せな悩みに苦笑した。