ウルフ
一方、山上巡査は。
「ねえ、山上さん」
同じ総務課の婦警に声をかけられた。
「なあに?」
「あなた、土門さんを狙ってるの?」
「え!?……うん。大人だし、カッコいいし」
「うーん」
相手は腕を組み、唸る。
「あのね、異動したばかりの山上さんは知らないだろうけど、土門さんには噂があるのよ」
「噂?」
「そう。土門さんは科捜研の榊さんと付き合ってるんじゃないか、って噂よ。誰もはっきりと聞いたわけじゃないけど、二人で食事しているところや、一緒に出勤する姿が目撃されてるのよ」
「そ、そんな……」
「諦めたほうがいいんじゃないかしら?」
「で、でも……。あの、榊さんてどんな人?」
「ああ、ちょうど……。あの人よ」
総務の受付窓口から渡り廊下を覗くと、まず土門らしき広い背中が目に入った。
そして、土門が体をずらした一瞬。
山上巡査は土門の影にすっぽり隠れていた白衣の女性を見つけた。
華奢でスタイルのよいその女性は、抜けるような白い肌と、意志の強そうな魅力的な瞳をしていた。
「すごい美人……」
「でしょう?これまでにも榊さんに想いを寄せる男性職員は何人もいたけど、みんな土門さんに蹴散らされたって話よ?」
どこまで本当かは分からないが、あんな美人ならあながちないとも言えない。
「でも、榊さんも独身なの?」
さすがにマリコの手元までは見えない。
「バツイチらしいわ」
「そうなんだ……」
「悪いことは言わないから、別の人を探したほうがいいわよ。と、仕事しなきゃね」
「あ、そうだね」
二人は慌てて大量のコピーに取りかかった。
しかし、山上巡査の脳裏からは並んだ二人の姿が離れない。
『こちらからは土門さんの背中しか見えなかったけれど……』
紙切れを知らせるエラー音も耳をすり抜け、山上巡査は考え込む。
ーーーーー あの時。
土門は、マリコにどんな顔を見せていたのだろうか……?
「榊、この資料にも目を通してくれ。役に立つはずだ」
「分かったわ。ありがとう」
渡り廊下の途中で、二人はこれまでに得た情報を交換していた。
普段なら屋上で待ち合わせるのだが、今日はその屋上が工事中だったのだ。
「今夜から張り込みだ」
「……………」
「長期戦になるだろうな」
「しばらくは泊まり込みね」
「ああ。すまん……」
「仕事なんだから仕方ないでしょ?私も遅くなると思うし」
「そうだな。あまり無理するな。気を付けて帰れよ。自転車じゃなくて、タクシーを使え」
あれこれと注文をつける土門に、マリコは閉口する。
「……分かってるわよ」
「お前の『分かってる』、は信用できん。送ってやれないんだ。頼むから気をつけてくれ」
その声には気遣う様子が滲み、その表情には優しさと慕情が浮かんでいた。
だからだろうか?
今日のマリコは大人しく頷いた。
「じゃあ、私は戻るわ」
「ああ」
土門はしばらくマリコの背中を見送ると、自分も反対の方向へと歩き出した。