ウルフ
殺人や強盗など強行犯を扱う捜査一課は帳場の立つことも多い。
一分一秒でも早い解決が望まれる部署だけに、彼らをバックアップするため、総務課は常に雑務に追われている。
資料の用意や備品の調達、準備はもちろん、弁当の手配にお茶配り……果ては、洗濯やモーニングコールまで依頼され対応することもある。
もちろん、はっきりいって後半の作業はボランティアといえる。
しかし捜査員らの苦労を間近で見ている総務課の職員たちは、誰一人文句を言うことなくそれらをこなしている。
皆、気持ちは一つなのだ。
『被害者のために』
春の人事異動で、京都府警の総務課に一人の女性警察官が異動してきた。
彼女の名前は、山上
若くて明るい彼女は、すぐに署内の人気者になった。
色白で小柄な容姿に、栗毛色のセミロングヘアーがよく似合っている。
ある日、勤務を終えた山上巡査は、帰宅途中に位置する繁華街で数人の男性に取り囲まれた。
要するに、ナンパだ。
「止めなさいっ!!私は警察官よ」
「おいおい、つくならもう少しマシな嘘つきなよー」
「いや、ホントじゃね?ミニスカポリス~♡」
下卑た笑い声をあげる男たちは、嫌がる山上巡査の体へ手を伸ばす。
「ちょっ!やめ…!!」
「おいっ!やめろ!」
低い声が割り込んできたのは、その時だった。
「んだよ、おっさん!」
「京都府警の土門だ」
土門は警察手帳を男たちに見せる。
「いいのか?こいつは、本当に京都府警の警察官だぞ!」
「えっ……」
「マジか!?」
「おい!」
顔を見合わせると、男たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「あ、あの!」
「ん?」
「捜査一課の土門警部補ですよね?ありがとうございました」
山上巡査はペコリと頭を下げる。
「ああ。ええと……」
「山上です。総務課の山上藍巡査です!」
「そうか。帳場で何度か見かけていたんだが……名前を覚えていなくてすまない」
「あ、いいえ。とんでもないです!」
「この辺りも物騒だからな。遅くなるときは遠回りでも別の道を選んだほうがいいぞ」
「はい。気を付けます」
「ああ。お疲れさん!」
土門は軽く手をあげると、京都府警の方角へ歩き出した。
『土門警部補。かっこいい……』
瞳にハートマークを浮かべた山上巡査は、翌日から土門へ猛アタックを開始した。
「土門さん、おはようございます!昨日はありがとうございました」
「おう、気にするな」
「あの、良かったら……。これ、食べてください」
「これは?」
土門は、渡された小ぶりな紙袋の中身をのぞく。
「お弁当です!」
「そうか、ありがとう。だが、今日は昼に飯が食べられるか分からない。持ち歩くこともできんしな。すまんがこれは他の人に渡してくれるか?腐らせては勿体ないからな」
「す、すみません。私、何も考えていなくて……」
「いや。山上の弁当なら欲しがる若いやつらが大勢いるだろう。そいつらにでも恵んでやれ」
土門は笑いながら言う。
「そんな人いませんよー」
「そうか?」
「そうです!」
「いつも明るくて、俺たちのフォローもしっかりしてくれてる。若い奴らには人気ありそうだが……」
「え!?ど、土門さん、そんな風に思ってくれていたんですか?」
「ん?ああ。お前はいいやつだ」
「…………」
じーんと立ち尽くす山上巡査に、『じゃあな』と声をかけると、土門は待っていた蒲原のもとへ向かった。
「おはようございます」
「おはよう。報告を聞こうか?」
「はい……」
蒲原は新たに判明した事実を簡潔に説明しつつ、土門へ関連する資料を手渡す。
「分かった。その件については……午後にするか?」
土門はその書類へざっと目を走らせ、この後の大まかなスケジュールを決めた。
「了解です。ところで、土門さん。山上巡査と知り合いだったんですか?」
「ああ、昨日ちょっとな……何でだ?」
「いえ。他の課の同期とちょうど彼女の話が出たんで」
「なんだ、蒲原は狙ってるのか?」
「ち、違いますよ!俺じゃなくて、別の奴の話です!!」
顔を真っ赤にして焦る蒲原に、土門は吹き出す。
「分かった、分かった。そういうことにしておいてやる」
「だから、違いますって!土門さん、聞いてますか!?」
土門は食い下がる蒲原を軽くいなすと、資料を手に、今度はマリコとの約束の場所へ向かうのだった。