待ちきれない





午前0時に電話が鳴った。

「土門さん?」

マリコは着信画面を見て、首を傾げた。
『こんな時間になにかしら?』と。

「もしもし。土門さん?」

「起きていたか?」

「ええ。どうしたの、こんな時間に?」

「すまん。伝えたいことがあってな」

「なあに?」

「できたら、直接伝えたい。今からお前の部屋へ行ってもいいか?」

「え!?」

マリコは一瞬迷う。
あとは寝るばかり…とパジャマに着替え、化粧も落としてしまっていたのだ。


「そうだよな。こんな時間だからな……」

その沈黙を拒否と捉えた土門は、引き下がることにした。

「待って、切らないで!」

「榊?」

「いいわよ。でもせめて着替えたいから…20分後ぐらいに来てもらえるかしら?」

マリコは、着替えと化粧と部屋の片付けの所要時間を20分と見積もった。

「そいつは……無理だな」

「どうして?」

「……………部屋の前にいる」

「え?…な、何て言ったの?」

「今、お前の部屋の前で電話しているんだ」

「……………」

「開けてくれないか?榊」




マリコが玄関のロックを外すと、本当に目の前に土門が立っていた。

「寝るところだったのか?」

「もうスッピンだし、恥ずかしいからあんまり見ないで」

マリコは俯き加減で、慌てて羽織ったカーディガンの前をかき合わせる。

「今さらだろう?」

見慣れているのに…、と土門にはいまいちピンとこない。

「そういうことじゃないの!私だって、そのくらい気にするわよ……。それで、伝えたいことって?」

「その前に、まずはこれを渡しておく」

土門がマリコへ手渡したのは、透明なファイル。
中には2枚の紙が挟まっていた。
1枚は土門の有給申請書。
もう1枚は……。

「私、お休みなんて申請してないわよ?」

もう1枚は、マリコの有給申請書だった。
どちらもすでに藤倉の承認印が押されている。

「俺が代わりに出しておいた」

「どうして?」

「榊。行きたいところや、やりたいことはないか?」

「え?」

「明日は何処へでも連れていってやる。何にでもつきあってやる」

「どういうこと?」

「今日は何日だ?」

「…10日ね」

「もう日付は変わったぞ」

「あ、そうね。11日………!?」

弾かれたように、マリコは土門の顔を見た。

「そういうことだ。俺の今日一日をお前にやる。好きに使ってくれ」

そういって笑う土門に、マリコは胸が一杯になる。
でも、そんな素振りは見せない。
「こんなサプライズを用意してくれる土門さんが大好き」だなんて、絶対に悟られたくない。
だって、悔しいから。

だからマリコは。

「覚悟しておいて!朝が待ちどおしいわ」

少しだけ潤んだ瞳に気づかれたくなくて、クルリと土門に背を向けた。


「ああ、だがその前に」

土門はマリコに近づくと、背後からその肩に両腕を回した。

「榊、おめでとう」

ストレートに伝えられた言葉に、マリコは少しだけ後ろを振り向いた。

贈られたのは熱い口づけと。

「…………だ」

たった2文字の告白。




fin.




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