文責:土居健作





「おーい、土居ちゃん!」
「んぁ?」
名前を呼ばれた東亜新聞の土居が、回転椅子ごと振り返る。

「聞いたか!?ついに逮捕されたってよ!!」
社会部の同僚が興奮気味に捲し立てる。

「……まさか、荒木田か!?」
土居は思わず、立ち上がった。
荒木田は大阪を逃走してから、ずっと土居が追いかけていた男だ。

「ご名答!」
「本当か!どこで!?」
「京都」
「京都?」
「そう。京都支社のやつに聞いたら、かなりのスピード逮捕だったらしい。何でもハイテクシステムを駆使した科学捜査の活躍で、潜伏先を割り出したんだとさ」
「……科学捜査、ねぇ…」

土居はある人物たちを思い出していた。
以前に一度会ったことのある二人は、京都府警の刑事と科捜研の女だ。
おそらくあの二人が関わっているに違いない。
土居はジャーナリストとしての自分の勘と嗅覚を信じることにした。

デスクの上をザッとまとめると、必要な道具を鞄に詰め込む。
「土居ちゃん?」
「悪いな。今日は午後半休だ。明日も……休むとキャップに伝えといてくれ!」
後半は部屋を半分出かけたところで、大声で伝えると、すでに土居の姿は消えていた。
「おい…。俺がキャップにどやされるじゃねーか……」




京都府警でタクシーを降りると、ちょうど目当ての人物の後ろ姿を見つけた。

「おい!おーい!そこの刑事さん!目付きの悪い、あんただよ!」

「土門さん、誰か呼んでますよ?」
蒲原は土門に声をかけた。

「蒲原、俺はそんなに目付きが悪いか?」
「はっ!あ、いえ…。そうじゃなくて、こっちをずっと見ているようなので…。自分は知らない人ですし……」
しどろもどろの蒲原に、はははっと笑った土門はようやく振り返った。

「聞こえてるよ、ブン屋!」
土門はニヤリと笑う。

「久しぶりだな。京都まで何の用だ?」
「実は……」
そこで土居は若い刑事の存在に気づいた。

「ああ!こいつは部下の蒲原だ。蒲原、東亜新聞の土居記者だ。以前、東京で世話になってな」
「そうですか。蒲原といいます」
ペコリと頭を下げると、よろしく、と土居も会釈を返した。

「で?」
「ああ。実は荒木田の事件を追っていたんだ。京都で捕まったと聞いてな。あんたたちが絡んでいるだろうとピンときた」
「……………」
土門は眉を持ち上げた。

「アタリ、みたいだな。逮捕までの経緯を教えてくれないか?」
土居は鞄からノートを取り出す。

「そういうことは記者発表を聞いてくれ」
「そんなのはもう聞いてる。記者発表以外の内容を知りたいんだ」
「それは無理だな。諦めろ」
土門は取りつく島もない。

土居はとぼけた顔を見せると、そういえば……と続けた。
「今回の逮捕には、科学捜査が活躍したらしいな。あんたが協力してくれないなら榊さんに聞くが……いいか?」
土居は土門の顔色うかがう。

「……………」
土門は『一体何を食べたんだ?』と聞きたくなるほど渋い顔をしている。

「場所、移すか?」
『部下の前であまり突っ込むのもなぁ……』武士の情けと、土居はそう提案した。



ところが……。

「おい…。何でお前がいる?」
「え?土居さんが連絡くれたの。沢村さんの話も聞きたかったし……。いけなかった?」
「……いや、いい」

「土居さん、沢村さんはお元気ですか?」
「ああ。俺もしばらく会ってないが、元気だ」
「なんで、会ってないのにわかるんだ?」
「そりゃ、でん……………」
土居がピタリと口を塞ぐ。
土門はニヤニヤとそんな土居を面白がっている。
土居はオホン!と咳払いし、改めてマリコに向き合う。

「ところで、今回荒木田を発見するのに、どんな科学捜査を行ったのか、教えてもらえないか?」
「そうですね。やはり一番成果が大きかったのは犯罪予測システムでしょうか……」
マリコは考え込むように、言葉を選びながら説明し始めた。

「お、おい!榊!その話は……」

「なに、土門さん?」
「おい、邪魔するな!」

「……うっ。分かった」

二人揃って視線を向けられ、土門はたじろぐ。
特に、ビームの方はことのほか弱い。


だが、それから一時間。
ようやく土居にも、なぜ土門が話を止めようとしたのか理解できた。

「……という利点があるんです。土居さん、聞いてます?」
「は、はい。聞いてます!」

土居はマリコにバレないようにため息をつくと、土門に目を向けた。
土門は肘をつき、軽く目を閉じていた。
『ちっ、寝てやがる……』

と、まるで土居の心の声が聞こえたかのタイミングで土門が目を開けた。
すると、生き生きと話し続けるマリコの横顔を暫く眺め、満足そうに再び目を閉じる。
「?」
土居は見てはいけないものを、見てしまったような罪悪感に襲われた。

一方マリコは語りすぎて喉が乾くのか、頻繁にコップの中身を平らげていく。

「では、もう一つは……」
と、マリコが話し始めたところで、土門がストップをかけた。

「もう十分だろう。どうだ、ブン屋?」
土居はブンブンと首を縦にふる。
「もちろん!これまででも十分いい記事が書けそうだ」
「そう……ですか?」
「いや。助かった。榊さん、ありがとう!」
土居も必死である。
「では、またご質問があれば聞いてくださいね」

ようやく一息ついたところだが、すでに随分と遅い時間になっていた。
しかし、何となく飲み足りない土居は土門に切り出した。

「どこかで飲み直すか?」
「いや、俺たちはこれで失礼する」
土門はすでに帰り支度を始めていた。

「なんだよ!明日は二人とも非番なんだろう?」
マリコは仕方ないとしても、土門は付き合ってもいいだろうという思いで、土居は恨みがましい目を向けた。
しかし、それに対する土門の返事は。

「だから、だ。それに、こいつはもう限界だ」
突然話題をふられたマリコはきょとんとした表情をしている。
マリコは犯罪予測システムについて熱く語っている際、喉を潤すためにいつもより早いペースで、かなりの量のアルコールを摂取していた。
本人はまったく気づいていないようだが、目は潤み、頬は赤らんでいる。
これ以上飲むのは危険だし、何よりそんな表情のマリコを人目に晒すことが気に入らない。

土門はマリコの荷物を手に取ると、立つように促した。
しかし、マリコは思うように力が入らず、ふらりと体が揺れる。
とっさに、土門が腕を掴み支える。
マリコは土門の腕にしなだれかかるようにして、ようやく立ち上がった。

「榊、調子に乗って飲みすぎだ」
「……ご、ごめんなさい」
土門にしては珍しい強めの叱責に、マリコは謝罪を口にした。

「じゃあ、またな。情報提供料として奢れよ?どうせ経費で落ちるんだろ?」
「ど、土居さん。沢村さんによろしく伝えてくださいね」

足元のおぼつかないマリコを、土門は抱き抱えるようにして歩く。
二人で何やら揉めている様子だが、恐らく『一人で歩ける』とでもマリコが反発しているのだろう。

「非番だから……ねぇ。こりゃ、野暮なこと聞いちまったな」

土居は一人、猪口に酒を注ぐ。
並々と注がれた透明な液体が、ゆったりと波打つ様子を見ているうちに、無性に声を聞きたくなった。

スマホのコールはすぐに繋がった。
『こんな時間に何か用?』
相変わらずの塩対応だが、最近電話には出てくれるようになった。
「あ、いや……」
『用がないなら切るけど?』
「声を……ちょっとな…」
『……………』
「そこで、黙るなよ」
『今、京都だそうね?……さっさと戻ってきたら?電話の声がいいなら別だけど』
「……朝イチで戻る!!」
『あ、そう?じゃあ、切るわね』
素っ気なく切られた電話だったが、思わぬ提案に土居の気持ちは上向く。

――――― 朝駆けは、……何時までなら許されるだろうか?



翌日、土門はデスクで新聞を広げ、ある記事に目を通していた。

『……日々目まぐるしく科学捜査の手法は進化を続けている。しかし、その進化もこれまでの捜査員らによる地道な情報収集がなければ成り立ちはしない。デジタルとアナログ、その二つが融合し、今後もさらなる犯罪の抑止力となることを期待したい。』

「ふん。一応、まともなブン屋だったらしいな」

土門は『文責:土居』と書かれた部分を手の甲でパシッと叩くと、新聞を折り畳み、立ち上がる。
なんとなく癪な気もするが『見せてやるか!』と、土門は屋上へと足を向けるのだった。




fin.




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