一級葬祭デレクターの受難
そうこうしているうちに、一行は親族の控え室に到着した。
親族、とはいっても母一人子一人の家庭で育った被害者の控え室には、母親とマネージャーだという女子生徒がいるだけだった。
目が窪み、明らかにやつれた母親を気遣うように女子生徒が寄り添っている。
「こちらがお母様の嶋
明子が紹介すると、二人はマリコへ頭を下げた。
マリコは会釈を返すと、下げていたアタッシュケースを肩から下ろし、中から指紋採取キッドを取り出した。
「このような時に申し訳ありません。しかし、協力者指紋の提出にご協力をお願いします」
マリコは次々と道具を広げ、準備に取りかかる。
「指紋……ですか?何故でしょう?息子は事故死ではないのですか?」
母親は訝しげにマリコをうかがう。
「私たちの指紋を調べるってことは、私たちを疑ってるってことですか?」
少女もキッ!っとマリコを睨む。
「事故死かどうかは現在調査中です。ですから、お母様には解剖の許可も頂きたいのです」
マリコは淡々と事実のみを告げる。
「そんな!もうすぐ告別式なんですよ!」
母親がヒステリックに叫んだ。
「落ち着いてください」
そこへ、マリコの背後から聞き慣れた声が響いた。
「土門さん……」
振り向いたマリコに小さく頷いてみせると、土門は母親へ視線を戻した。
「息子さんの死亡に立ち会った医師から話を聞いてきました。チームメイトからも複数の証言を得ています。息子さんは他殺の疑いがあります。大変申し訳ありませんが、司法解剖を行わせていただきます」
土門の低く落ち着いた声に、感情の高ぶっていた母親も少し落ち着きを取り戻したようだ。
それでもしばらく躊躇っていたようだが、おずおずと両手を差し出した。
母親の行動をみて、少女も不承不承従った。
二人分の指紋採取を終えると、マリコらは斎場を後にした。
祭壇付近では本日のご葬儀が中止と決定し、憤懣やるかたない秋山と、そんな秋山をなだめつつ、良恵が相変わらずてんやわんやしながら片付けの算段をしていた。
洛北医大ではマリコの到着を待って、解剖が開始された。
早月の見立てによれば、死因は急性硬膜下血腫であり、その引き金となった外傷は、バスケットの試合中に打ち付けたのとは反対側の頭部にあった。
この結果を聞いた藤倉は、正式に本件を事故死から殺人へと切り替えた。