鹿と馬につける薬
「失礼します!」
夕方、科捜研へ顔を出したのは、目隊員だった。
「目さん?…今日は随分と雰囲気が違いますね」
宇佐見がそういうのも無理はない。
今日の目隊員はオレンジの制服ではなく、スーツ姿だったからだ。
「今日は非番なんです。あの、榊さんは?」
「マリコさんなら……」
宇佐見は躊躇いつつも、一つの扉に目を向ける。
「ご自分の研究室にいらっしゃいますよ。あちらです」
「ありがとうございます!」
目隊員は宇佐見が示す扉の前に立つと、小さくノックを響かせた。
「はい?」
扉の奥から聞こえた声に、目隊員の鼓動が速まる。
「失礼します…」
「目さん!?」
顔をのぞかせた意外な人物にマリコは驚いた。
「どうしたんですか?こんなところまで」
「今日は非番なんです。事件も解決したことですし……榊さん、この後ご予定はありますか?」
「あ…、いえ」
「だったら、自分と食事に付き合ってください。この間の埋め合わせに」
「……………わかりました」
迷うマリコだったが、前回の申し訳なさもあり…渋々了承してしまった。
マリコの帰り仕度を待って、二人はエントランスに向かう。
目隊員はまるでマリコをエスコートするナイトのように、ピタリと隣に寄り添っている。
「あれ?マリコさん??」
二人を目撃したのは、蒲原だった。
階段を下りているときに、ちょうど目の前を二人が横切ったのだ。
胸騒ぎを感じた蒲原は、足早に一課へ戻る。
「土門さん!」
「なんだ?」
土門はデスクで資料に目を落としたまま、応える。
「マリコさんを見ました!」
「それで?」
なおも、土門は顔を上げようとはしない。
「目さんと一緒でしたよ!!」
「……………」
「土門さんっ!」
蒲原の声は珍しく苛立っていた。
ガタン!
土門の椅子が派手な音を立てた。
「………詳しく聞かせろ!」
蒲原の話を聞き、おそらく先日の穴埋めに二人は食事に出かけたのだろう、と土門はすぐに見当がついた。
ただ食事に行くだけだ…そう自分に言い聞かせようとするが、どうにも嫌な予感が土門の頭をよぎる。
試しにマリコへ電話をかけてみるが、繋がらない。
『どこにいる?』そうLINEを送っても、返信はおろか既読すらつかない。
「ちっ!蒲原、すまんが今日はあがる」
「分かりました。マリコさんの居場所は?」
「分からん……。どこに行ったんだ、あいつ…。とにかく、探してみる」
「俺に何か手伝えることはありませんか?」
「いや…。ああ、もし榊から連絡があったら、すぐに教えてくれ」
「分かりました!」
土門は蒲原の返事を背中で受け取ると、走り出した。
目的はただ一つ。
――――― 大切な女を取り戻す。