鹿と馬につける薬
無事に下降訓練を終え、全ての日程を終了すると、責任者として藤倉が挨拶に立った。
「えー、消防局、並びに協力いただいた関係各局に京都府警を代表してお礼を述べたい。ご苦労様。この機会に横並びでの交流も深めて行きたいと考え、昼食を用意させてもらった。時間のある者は食堂へ寄って、ぜひ我が署の職員と交流を深めてもらいたい。以上だ」
「マリコさん、行きますか?食堂」
「そうね…。せっかくだし行きましょうか?」
マリコと蒲原は食堂へ向かう。
その道すがら、蒲原はずっと気になっていたことをマリコにたずねた。
「マリコさんとペアを組んだ消防士、……知り合いですか?」
「目さん?いいえ、初対面よ」
「サッカ?」
「珍しい名前よね?初めにその話題で打ち解けられたからかしら…。リラックスして訓練できたわ」
「そうだったんですか……」
「どうかした?」
「いえ。とても…その、仲良さそうに見えたので知り合いなのかと思ったんです」
まさか『くっつきすぎだ!』とも言えず、蒲原は慎重に言葉を選ぶ。
「そう?普通よ。訓練中だったからそんなにおしゃべりもしていないわ」
「……………」
マリコの様子に特に変わったところはない。
蒲原は自分の気にしすぎだろうか…?、とその場でそれ以上追及するのはやめておいた。
食堂へ入ると、入口のテーブルに仕出し弁当が積まれていた。
『消防訓練参加者様』と記された紙が貼られ、参加者は順にその弁当を手に取り、席へと散っていく。
マリコと蒲原は窓際の席を選んで座った。
暫くすると、消防士の一団がやって来た。
訓練を終え、彼らは制服ではなく、揃いの紺のTシャツに着替えていた。
「1250、正面玄関集合!以上だ、解散!」
「了解!」
隊長の号令の後、各自が弁当を手に空いている席へ移動する。
目隊員は、すぐに目的の席を見つけた。
同僚からの誘いを断り、一直線に窓際を目指した。
「榊さん!」
「あら?お疲れさまです」
「ご一緒してもいいですか?」
「ええ。どうぞ」
「ありがとうございます。失礼します」
目隊員は蒲原に会釈すると、マリコの隣に腰を下ろした。
「目さん。こちらは捜査一課の蒲原刑事です」
「初めまして、蒲原です」
「目です。先ほど救助者運搬の訓練をされていた方ですよね?」
「ええ、まあ…」
「さすが現役の刑事さんですね。タイムも早かったですし、運搬方法も的確だと皆で話していたんですよ」
「あ、ありがとうございます」
3人で訓練時の様子を話し合っている数分の間に、目隊員は後から来たにもかかわらずペロリと弁当を平らげていた。
マリコなど目を丸くしている。
それに気づいた目隊員はやや照れながら。
「いつ出動になるかわからないですからね。早食いが習慣になってるんですよ…」
「あの…。良かったら私の分も食べますか?」
「え……!?」
「さすがにこの量は多すぎますから」
肩をすくめるマリコの言葉に、目隊員の目はすでに残りの弁当にくぎ付けとなっている。
「じ、じゃあ……遠慮なく」
こちらもあっという間に食べ終える。
いっそ見ていて気持ちがいいほどだ…と、見入っていた蒲原のスマホが鳴った。
「はい。蒲原です。……わかりました!すぐ、えっ?…はい、そうです。一緒です」
蒲原はちらりとマリコを見る。
「?」
「わかりました。失礼します」
通話を終えると、蒲原は空容器を片付け始めた。
「マリコさん、変死体です」
「え?」
マリコは慌てて自分のスマホを確認する。
「私には連絡が来ていないけど?」
「俺から伝えてほしいと頼まれました。橋口たちは先に現場へ向かうので、後から来てほしいそうです」
「後から?」
「はい。迎えが……」
その声に重なるように、入り口からマリコの名前が呼ばれた。
「榊、いるか!」
「本当ね。お迎えだわ」
現れた声の主に、マリコは苦笑する。
そして声の主、土門に手を上げて答えると、慌ただしく立ち上がった。
『おや?』と目隊員は違和感を覚えた。
呆れたような表情とは違い、マリコの声が弾んでいるように思えたからだ。
「榊さん、自分が片付けておきますよ」
目隊員が、マリコの手から空容器を取り上げる。
「で、でも……」
そうしている間にも、土門はマリコと蒲原のもとへやって来た。
「蒲原、車を頼む」
土門は蒲原へ向けてキーを放る。
キャッチした蒲原はそのまま走り出した。
「榊、お前も準備はいいか?」
「あ…ええ。目さん、片付け、お願いしてしまってもいいですか?」
「もちろんです。お気をつけて」
「ありがとうございます」
マリコは荷物を手に出口へ向かう。
その後を追う土門と、目隊員の視線がほんの一瞬重なった。
「?」
戸惑うような土門とは逆に、目隊員の目には挑むような光が宿っていた。
……………あいつ?