鹿と馬につける薬





翌日。
始業とともに、屋上にはオレンジの制服を着用した引き締まった体躯の男性数名と、京都府警の職員らが集まっていた。
もちろん、科捜研からはマリコが。
捜査一課からは蒲原が。

「マリコさん、おはようございます」

「おはよう、蒲原さん」

「今日の計画書、見ましたか?」

「ええ」

「俺、救助者の運搬訓練に参加するように言われました。……明日は筋肉痛かな」

蒲原はため息をつく。

「大丈夫よ。ちゃんと鍛えてるんだから」

「そう…ですかね。マリコさんは?」

「私はその救助者役の方ね。背負われて壁を下りるみたいよ」

「そ、それもまた……大変そうですね」

「そう?楽しそうだと思ったんだけど」

「……………」

やはり。
榊マリコは一味違うと、蒲原は改めて心に刻むのだった。



「では、これより下降訓練を開始します。救助者役の方は消防隊員の隣へ移動してください」

隊長の指示で、マリコは自分と同じ色の腕章を付けた隊員の隣に並んだ。

「科捜研の榊さんですか?」

「はい。よろしくお願いします」

「こちらこそ!」

そういって白い歯を見せ笑うのは、爽やかな青年だった。
肩幅は広く、逞しい二の腕は制服のうえからでも見て取れた。
身長も、土門と同じくらいだろうか……。

「自分はサッカといいます」

「作家さん?」

マリコの発音に、隊員は失笑する。

「いいえ。“目”という字を書きます」

「それで、さっかさんですか?珍しいですね!」

「よく言われます。でも覚えてもらいやすいので、今は変わった名前も重宝しています」

マリコと目隊員はにこやかに会話を続ける。

「それでは、準備を始めてください!」

隊長の号令に、隊員らが一斉に動きだす。

「榊さん、まずこのロープを体に巻かせてもらいますね」

「は、はい」

目隊員の手がマリコの腰に触れ、まるで抱きしめるような恰好になる。

マリコは何となく気恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じたが、目隊員は唇をきゅっと引き結び、真剣な表情で黙々と作業を続けている。

これは訓練なんだから……。

マリコは軽く頭を振ると、雑念を追い出し、目隊員の動きを目で追った。


マリコの腰にロープを巻き付けながら、目隊員はその細さに驚いていた。
細身だとは思っていたが、自分が力を込めればすぐにでも折れてしまいそうだ。
たが、その腰から緩やかなカーブを描くラインはなめらかで、扇情的だ。
その女性らしいしなやかさに、若い目隊員の心臓はどんどんと鼓動が早くなる。

あと少し、もう少し…触れていたい。

目隊員は心持ちゆっくり、そして丁寧にマリコの準備を進めた。

その様子を首を傾げるように見つめていたのは蒲原だ。

「あの隊員……」

マリコさんに執拗に触ってないか?

はじめは気のせいだと思っていた。
だがよく見ていると、あの隊員は他の隊員に比べて、マリコの体に触れている時間が長い気がする。
それに、ロープを巻き付け終わった後も、二人は距離が近い。
マリコの背後に、ぴったりとくっつくほど近くに立っている。

蒲原は注意深く二人の様子を観察した。


「次は救助者役の方、隊員の指導に従って背中に乗ってください。おんぶですね。では、はじめ!」

「榊さん。今から自分がしゃがみます。そうしたら、まず自分の首に腕を回して、寄りかかるように背中に乗ってください」

「わ、わかりました」

言われた通り、マリコは目隊員の背に乗る。
その首筋からは、うっすらと汗の香りがした。

「榊さん、立ち上がりますよ」

「はい…」

よろけることもなく、目隊員は立ち上がる。

マリコはその背中の広さと、逞しさに。
目隊員は、背中のマリコの香りと体の柔らかさに。

二人は……何を感じていたのだろうか。



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