鹿と馬につける薬
マリコは大通りに向かって逃げ出した。
大通りに出れば、助けを呼べる。
だが、男はぐんぐんマリコに近づいてくる。
そして暗い路地の曲がり角で、ついにマリコは追いつかれた。
「イヒヒ…。刺したあとで燃やしてやるぞお!」
男の手がマリコへと伸びる。
その手が、マリコの腕を掴もうとした瞬間。
マリコは角から伸びてきた、もう一本の腕にぐいっと引っ張られた。
そして、そのまま黒い影の背後に守られる。
「だ、だれだぁ!」
風を切る音がしたかと思うと、男の手からナイフが蹴り飛ばされた。
そして。
――――― ずぅぅぅん。
次の瞬間。
空中を舞った男の体は、ものすごい地響きとともにアスファルトへ投げ倒された。
「殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
黒い影の人物は、月明かりに照らされてようやくその姿を現した。
完全にのびている男に手錠をかけ、拘束しているその人物。
マリコの危機に現れ、自分の身を挺してマリコを護るその男。
それは、もちろん。
「土門さん!」
「榊、ケガはないか?」
「私は大丈夫。でも目さんが!」
マリコの身を案じた目隊員は、肩を押さえ、ふらつきながらもこちらへ向かって来ていた。
土門は目隊員へ走り寄ると、その体を支えた。
「大丈夫か?」
「すみません。肩をやられました」
「榊、救急車!」
頷いたマリコは、すでにスマホを耳に当てている。
「土門刑事、申し訳ありません。自分がついていながら、榊さんを危険な目に遭わせてしまいました……」
「お前のせいじゃない。今は喋るな」
土門はハンカチで目隊員の傷口を縛ると、ネクタイを外し、さらに止血した。
「情けないなぁ…。消防士の方が手当を受けるなんて」
「そんな口が利けるなら、大丈夫だな」
ふん!、と土門は皮肉めいて答えた。
しかし目隊員の傷口は深く、出血量もかなりなものだ。
ジャケットがすでにぐっしょりと血液で濡れそぼっている。
動脈が傷ついているかもしれない。
失神して転倒することがないように、土門は目隊員を横に寝かせた。
「大丈夫です。このくらいの出血なら、まだ倒れたりしませんよ」
「榊を心配させる気か?」
痛い一言に、目隊員は言葉に詰まり……大人しくアスファルトに体を預けた。