ズルい男





土門の腕の中、息の上がったままのマリコは、それでも唇を尖らせる。

「ズルいわ、土門さんは……」

「ん?」

「自分だけ何もかも分かっていて。ちゃんと説明して!」

ここに至って、ようやく土門はことの真相を語りはじめた。

「実はな、3ヶ月前に捕まえた売人が、警察幹部の娘が売りをしていると暴露した。内部調査の結果、それが渡瀬警視の娘だと分かった。多分、渡瀬警視も何か感じ取っていたんだろう。保身のために娘を厄介払いしようと考えたらしい。警察官と結婚させることで、隠蓑にしようとしたようだ。しかし監察官はそれを逆手に取ることにした。そこで俺が選ばれた。バレたらすべて終わりだからな。相手に気づかれないよう細心の注意を払って準備を進めていたというわけだ」

「内密にしておく必要があったことはわかるわ。でも、それなら今朝にでも詳細を教えてくれれば十分だったはずよ。私が5日も土門さんに張りつかなくても……」

マリコの疑問はもっともだ。

「それはな……。日野所長に頼まれたんだ」

「所長に?何を?」

首を傾げるマリコに、土門はどう説明しようか考える。

「榊。今、体調はどうだ?」

「え?別に……元気だし、調子いいわよ」

確かに血色もよく、溌剌とした様子だ。

「最近事件が解決した後も、お前は中々帰ろうとしないそうだな?ここ数日は顔色も悪くて、所長はお前がいつ倒れるか気が気じゃなかったらしい」

「……………」

「所長だけじゃない。そのワンピースを受け取りに行ったとき、風丘先生も同じように心配していた」

「……先生まで?」

「そうだ。『どうにかならないか?』と所長に相談されて、俺はお前を軟禁することにした」

土門はニヤリと笑った。


だからなのだ。
土門が毎日早く帰るように促したり、きちんと湯船に浸かれるように、風呂を準備してくれたり……。
それらは全て。
マリコをおもんぱかってのことだった。
そして、きっと。
これまで自分に触れなかったことも……それが理由だと、ようやくマリコは納得した。


「ごめんなさい。迷惑かけてしまって……」

「いや。俺にとってもいい機会だったからな」

俯くマリコに、土門は首を振り、言葉を続けた。

「どういう意味?」

「榊。この5日……、俺と過ごしてみて何か不自由に感じたり、不満に思ったことはないか?」

「え?全然!土門さんのご飯は美味しいし。話し相手がいることも楽しかったわ。黙っているときだって、全然嫌な空気じゃなかったもの」

「そうか!」

土門はマリコの答えを聞き、嬉しそうに笑う。

「それなら…。あと5日。いや、一か月。それ以上でも……延長してみる気はないか?」

そういって、土門はマリコへ手を差し出した。

「延長申請、許可してくれるか?」

その手のひらには、小さな銀色の塊が乗っていた。

マリコは、まるで熱いものに触れたかのように一瞬手を引っ込め……。

「……ええ!許可するわ」

今度はそれを大切に握りしめた。




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