ズルい男





渡良瀬わたらせ警視のお嬢さんですか?」

土門が声をかけたのは、二十代前半の派手目な女性だった。
毒々しいほどの赤いルージュに彩られた唇が三日月を描く。

「あなたが土門さん?注文通り背は高そうね」

明らかに値踏みするような視線も土門は気にすることなく、相手の向かいに腰かけた。

しばらく沈黙していた二人だったが、土門のコーヒーが運ばれると、一言二言、会話を始めたようだった。

その様子を、マリコはスマホの画面を見ている振りをしながら、ときどき観察していた。

女性の若さと雰囲気に戸惑うマリコだったが、どんな相手であれ、やはり面白くはない。
しかも時間が経つにつれ、二人は楽しそうに会話を続けていた。
あんなに笑顔を振り撒く土門を、外ではあまり見たことがない。

何を話しているのかしら……。

マリコは気になって仕方がない。

ちらちらと盗み見ていると、やがて二人はおもむろに立ち上がった。
どうやら、場所を変えるようだ。

どうしよう……。

マリコが腰を浮かせかけたとき、名前を呼ばれた。


「榊さま。榊マリコさま。いらっしゃいますでしょうか?」

マリコはフロントを振り返る。
しかし、その間にも土門たちはカフェを出ていってしまった。

「榊さま!」

仕方なくマリコはフロントへ向かった。



「あの、榊マリコです」

「科捜研の榊さんですか?」

フロントマンは急に声を潜めた。

「え?……はい」

「私は京都東署の竹内たけうちです。榊さんに土門さんからの伝言です。あの女性…渡良瀬のぞみの指紋と、この指紋を至急照合して欲しいそうです。それと、これの鑑定も」

「どういうことですか!?」

「詳しいことは後ほど土門さんから説明があると思います。今は鑑定を。科捜研からこれを預かってきました」

渡されたのは、手に馴染んだジュラルミンケース。
マリコは客室の一つを拝借すると、渡良瀬希が先ほど手に取っていたコーヒーカップから、指紋を撮影した。
竹内刑事から渡された指紋データをPCに取り込み、渡良瀬希のものと照合する。

「……一致したわ!」

そして、もう1つ。
先ほど渡されたのは、小さな密閉袋に入った白い粉末。
試薬に浸せば……青く変化した。

「覚醒剤ね」

マリコは竹内刑事へ頷いて見せた。

「榊さんは土門刑事に知らせてもらえますか?私は本部へ」

「わかりました」

マリコはすぐに、土門へ鑑定結果をLINEした。
ほぼ同時に既読がついたところをみると、待ちかねていたに違いない。

「榊さん、一緒に来てください!」



竹内刑事に促されて中庭に出てみると、そこでは渡良瀬希が数人の男たちに囲まれていた。

「お前の荷物から覚醒剤が見つかった」

「何言ってんのよ!そんなわけないでしょ!」

「こいつだ、見覚えがあるだろう?」

土門は茶封筒から、白い粉末の入った袋を取り出す。

「ちなみに、3ヶ月前に逮捕した売人が持っていた顧客名簿、そこにもお前の指紋があった。お前……売りもやってるな?」

「知らないったら、知らないわ!パパを呼んで。あんたなんかすぐにクビにしてやる!」

渡良瀬希は土門を睨み付ける。

「あいにくだが、そのパパも今は監察官聴取中だ。お前の犯罪を揉み消そうとした罪でな……」

「……そんな」

「確保だ!」

「はいっ!」

周囲を取り囲んでいた捜査員に、渡良瀬希は拘束された。




「土門刑事、ご協力に感謝します。大変申し訳ありませんが、このまま榊さん共々調書の作成にお付き合い願います」

「いや…。それは後日でも問題ないだろう?」

「しかし…。署長からの命令でして」

真面目な竹内刑事は、土門とマリコを解放する気配はない。

「仕方ないな……。悪く思うなよ!」

土門は、少し離れた場所で様子を見ていたマリコに駆け寄る。
そして、そのままマリコの腕を掴んだ。

「逃げるぞ、榊!」

「え?ええ!?」

ぐいぐいと腕を引かれるまま、マリコは土門の後に続いて走っていく。
背後から自分達を呼ぶ声と、追いかけてくる竹内刑事の足音が聞こえる。

「急げ!」

マリコは走った。
ただ、目の前の土門の背中を追いかけて ーーーーー 。


そして、冒頭に至る。



8/10ページ
スキ