ズルい男
翌朝、マリコが目を覚ますと、鼻先をいい香りがくすぐった。
「どもん、さん。おはよ……」
目を擦りながらキッチンに現れたマリコは、まだぼんやりとしていた。
「おはよう。…なんだ、まだ寝たりないのか?」
土門は苦笑する。
手を伸ばし、小さく跳ねたマリコの髪を整えてやる。
そして。
ぐいっとその後頭部を引き寄せた。
「んんっ!……………………………………」
ようやく解放されたときには、マリコは酸素不足に陥っていた。
「く、苦しいわ!」
「昨夜の俺はもっと苦しかった」
「え?」
「誰かさんがさっさと寝ちまったからなぁ?」
ちらっと横目に見られて、マリコは視線を泳がせる。
「俺に張りつくといった癖に、先に寝落ちするなんて、刑事だったら失格だな」
尚もからかう土門だったが……。
「そうだわ!土門さんが本当にお見合いするのか…私は調査しなきゃいけないんだもの。調査対象に感情移入するのは厳禁なのよね?だったら、真相がわかるまで“そういうこと”はしないわ」
「本気か!?」
「本気も本気よ!」
「……………わかった」
何か言いた気な土門だったが、渋々頷くと、朝食の準備に取りかかった。
おにぎりと卵焼きとお味噌汁。
簡単なものだと土門は言うけれど、どれもマリコが作るのものよりずっと美味しい。
「ねえ」
「なんだ?」
「本当にお見合いするの?」
土門は食事の手を止め、マリコに目を向けた。
「黙秘だ」
「何か、理由があるとか?」
「黙秘だ」
再び、もぐもぐと口を動かす。
「お見合いしたら……結婚するつもりなの?」
「…………さっさと食え。遅刻する」
「私、どうしたらいいのかしら……」
最後はマリコの独り言になっていた。
土門はため息をつくと、箸を置き、『榊』とマリコを呼んだ。
「榊。これだけは言っておく。俺にはお前だけだ」
「土門さん……」
「ご馳走さまでした。食べ終えたら、食洗機に入れておけよ」
土門は先に立ち上がる。
そして、身支度のために部屋を出ていってしまった。
「じゃあ、なんでお見合い?本当に噂なのかしら……」
考え込んでしまったマリコは、結局半分も朝食を残してしまった。
しかし土門は何も言わず、時計の針に急き立てられるように二人は府警に向かった。