ズルい男
チャンスは想定外のタイミングでやって来た。
「榊!」
背後から名前を呼ばれ、振り返れば土門が車窓から手を上げていた。
「土門さん?」
土門が運転する車は、マリコの隣でピタリと停まった。
「風丘先生のところに来ていたのか?」
「そうよ」
「用事は済んだのか?」
「ええ」
「だったら、乗れ。俺も署へ戻るところだ」
「……ありがとう」
ほんの一瞬躊躇ったマリコだったが、促されるまま助手席に滑り込んだ。
ステアリングを握る土門の横顔を、マリコはちらちらとうかがう。
先程の早月との会話を思い出し、今が絶好の機会だと思うのだが、展開が早すぎて心の準備が追い付かない。
「なんだ?」
「え?」
「何か言いたいことでもあるのか?」
「……………」
「榊?」
「土門さん。噂を……………聞いたんだけど」
「噂?」
「ええ。お見合いの噂。土門さんの……」
「……………」
今度は土門が沈黙する。
「5日後って……本当なの?」
「それは……」
一瞬、言葉を止め。
「真実が知りたいなら、榊。俺に付き合え」
「付き合う?」
「そうだ。今日から5日。俺と行動を共にして、見合いの噂が本当かどうか……自分の目で確かめればいい」
土門は前を見据えたまま、マリコへそう提案した。
「そんな……」
「なんだ?出来ないのか?」
やや挑発的に、土門は口の端を上げる。
「そ、そんなわけないでしょう!いいわ。土門さんに張りついて真実を掴んでみせるわ」
「そのいきだ」
してやったりと、土門は笑う。
「それなら手始めに」
土門はカーナビの時刻を確認する。
「お前、まだ仕事は残っているのか?」
「ええ。あと少しだけど」
「急ぎか?」
「え?明日でも大丈夫だけど……」
「だったら、予定変更だ。今日はこのまま飯を食って帰る。言っておくが、俺の家だぞ!」
「ええ!?でも、自転車が……」
「俺に張りつくんじゃなかったのか?」
「だって、着替えもないし……」
「一度お前の家に寄ってやる。安心しろ」
「安心て……」
『不安しかないわ……』
珍しく後ろ向きなマリコだった。