ズルい男





「はぁ、はぁ……」

どうして、こんな所を走っているのだろう。

上がる息を飲み込みながら、マリコは先を走る人物を見つめる。

どうして、こんなことになったのだろう……。

自分の手を引く力強さを感じながら考えていると、ワンピースの裾が絡まり、マリコは躓きかける。

「おっと!」

ぐいっと更に腕を引かれる。
そして、もう一本伸びた腕がマリコの体を支えてくれた。

「大丈夫か?」

「……………」

走りすぎて、マリコはすぐに答えられない。

「大分離れたな。もう大丈夫だろう。少し休むか?」

マリコはコクコク頷くと、すぐ近くの石段に崩れるように座り込んだ。

「はぁ…はぁ……」

「大丈夫か?自転車通勤しているわりに、体力がないなあ」

のんびりそんなことを言う相手を、マリコはむっと睨んだ。

最近、自転車通勤ができなくなっているのを知っているはずなのに。
まさか、その原因から指摘されるとは思ってもみなかった。

「だ、だれの、せいで……自転車通勤、はぁ。できなく、なって……るのよ。はぁ……」

さあ、と肩をすくめる仕草が憎らしい。

「だいたい、刑事の体力と一緒にしないで!」

『もう!』と立ち上がったマリコは、ふらりとよろめく。

「おいおい、急に立つな。酸欠なんだから」

「分かってるわよ……」

マリコは倒れないように抱き込まれた腕の中で、不服そうに呟いた。

力強く支える腕と、逞しい胸の中に閉じ込められると、何でも許せそうな気がしてしまう。

それが、憎らしい。

「ズルいわ、土門さんは……」




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