アムール虎の涙
「失礼します!」
挨拶とともに科捜研へやって来たのは、二人の男。
一人は蒲原だ。
そして、もう一人は……。
「あ!」
「ああー!」
亜美と呂太が揃って声を上げた。
「パンダ!」
「熊谷だっ!土産のリュックを探してやった恩を忘れたのか!?」
呂太の叫びに、熊谷と名乗った男のこめかみに💢マークが浮かぶ。
「呂太くん、そんなことあったの?」
「うん。ほんぶちょーに頼まれたから」
「コホン!」
蒲原が二人の掛け合いを遮る。
「ええと、涌田さんと橋口は顔見知りなんだね。所長、こちらは和歌山県警の熊谷刑事です。
「改めまして、和歌山県警の熊谷です。皆さん、よろしくお願いします」
熊谷は浅く会釈する。
「所長の曰野です。よろしく」
「宇佐見です。よろしくお願いします」
「ところで……」
熊谷が周囲を見回していると、足音と話し声が少しずつ近づいてきた。
「私はもう一度足取りを確認してみるわ」
「わかった。情報は随時、こっちに流してくれ」
「ええ」
その二人は科捜研の入り口で立ち止まった。
余計なことは尋ねず、早いテンポで今後の捜査方針が一瞬にして決まる。
この二人が醸し出す空気は独特で。
他の人間が真似することは到底不可能だ。
「榊さん!」
熊谷はその片割れの女性の名を呼んだ。
「はい?……あ!」
振り返ったマリコは、小さく叫んだ。
「熊谷刑事!」
マリコは嬉しそうに熊谷へ駆け寄る。
「お久しぶりですね。どうしてここに?」
「京都府警と合同捜査になったので、志願してきました。また榊さんにも会えるかもしれないと思って」
「そうだったんですね。私もずっとお会いしたいと思っていたんですよ」
マリコはニコニコと満面の笑みを熊谷に向ける。
「…………」
土門は暫くそんな二人を見守っていたが、しびれを切らし、マリコへ呼び掛けた。
「榊。俺は捜査に戻るぞ」
「あ、待って。土門さん」
「土門?榊さん、あちらが“あの”土門薫さんですか?」
「あ!……ええ、そうです」
熊谷はマリコの脇をすり抜け、土門に向かい合った。
「はじめまして。和歌山県警の熊谷です。土門刑事のことは以前、榊さんから色々とお聞きしていました。今回、ぜひお会いしたいと思っていました」
「京都府警の土門です。ほう……榊が?あいつは俺のことを何と?まあ、悪口あたりだと思いますが……」
「そうですね。上司に逆らう、組織のはみ出し者だと……」
「やっぱり……」
二人はニヤリと顔を見合わせる。
しかし、熊谷はすぐに表情を戻した。
「でも、被害者のために、決して妥協はしない。刑事の中の……」
「熊谷さん!!!」
マリコは慌てて熊谷の言葉を遮る。
「変なことは言わないで!」
マリコは真っ赤な顔で、熊谷の口を自分の手で塞いだ。
「……………」
その様子に、土門の眉がくっと持ち上がる。
「こいつが何を言ったか分かりませんが、時間がない。熊谷刑事。和歌山県警の情報も教えてもらいたい」
土門はゆっくりと腕を持ち上げると、マリコの手を熊谷から引き剥がす。
同時にマリコの体を隣に引き寄せた。
そして自分は一歩踏み出し、マリコを背に隠す形で、熊谷と対峙した。
熊谷は一瞬、キッと鋭い視線を土門に向ける。
「……そう、ですね。確かに事態は一刻を争う。新たな被害者を産み出す前に、小野田を確保しなければ」
和歌山県警と京都府警が追っているのは、小野田
この男は一週間前に和歌山で強盗殺人を犯し、現在、逃走中だ。
その小野田が二日前、京都で目撃された。
和歌山県警からの依頼により、京都府警は小野田確保に向けた包囲網を敷いている。
人海戦術が有効だと藤倉は判断し、今は粗方の捜査員が町に繰り出し、警戒にあたっているのだ。
「小野田は強盗に押し入った家で、現金を手に入れることができていません。おそらく、所持金は底をついているはずです」
「それなら、万引きやひったくりの可能性が高くなるな…。ATM付近の警備も強化させよう」
土門と熊谷が話し合っている間に、ちょうど入電が流れた。
小野田が現れたのだ。
「蒲原、いくぞ!」
「待って!私も行くわ!」
「ちょ、ちょっと。マリコくんは行く必要ないでしょ!?」
「いいえ、所長。立て籠るかもしれません。事前に備えておいた方がいいと思います」
マリコの返事に、『でもねぇ…』と曰野は渋い顔をしている。
「小野田はもともと強盗を繰り返している輩です。民家に忍び込んで、そのまま立て籠る可能性は非常に高いです」
熊谷がマリコを後押しする。
「うーん。それじゃあ、絶対に勝手な行動はしないこと。守れる?」
「わかりました!」
『本当かなぁ…』と、水溜まりに張った氷くらい薄そうな約束に、曰野はやれやれとため息をつくのだった。
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