キス…しないで





「マ、マ、マリコさーん!!!」

「どうしたの?亜美ちゃん」

「た、大変です!これ、これ見てください」

亜美は手元のPC画面をマリコへ向ける。

「ん?」

そこに映し出されていたのは、一組の男女のキスシーン。

「たまたま見つけたんです。これ……土門さんじゃないですか?」

「まさか……」

「でも、すっごく……似てませんか?」

「……………」

男の顔は横顔しか映っていないため、はっきりとは断定できない。
だが……。

――――― 似てる。

マリコは自分でも気づかぬうちに身を乗り出し、食い入るように画面を見つめていた。

似ているが……もし土門だったとしても、ずいぶんと若い頃のようだ。

それに。
マリコが似ていると気づいたのは、画像の男性の顔よりも、その手だった。


相手の女性の頬に添えられた筋張った手のひら。
すんなりと伸びる五指。
丸くきれいに整えられた爪先。
大きめなフェイスの時計も、土門は休日には好んで着けることがある。
それらはマリコにしか分からない、ささいな特徴。


「人違いよ。だいたい、こんな写真を撮るわけないでしょ?」

「そう、そうですよね!あの土門さんが、まさかね」

“あの”土門さんが、“どの”土門さんかは別として、マリコは亜美の気を逸らすことには成功したようだった。




昼下がりの屋上。
マリコは一人、スマホの画面を睨むように凝視していた。

「眉間にシワがよってるぞ?」

「きゃっ!」

突然聞こえた声に、マリコの肩が跳ねあがる。

「すまん、そんなに驚かせたか?」

土門はマリコの顔をのぞきこむ。
同時に手の中のスマホに気づいた。

「ん?なんだ……?」

土門はマリコのスマホを取り上げる。

「か、返して!」

「なんだ!?これはっ!!!」

画面には件の写真が映し出されていた。
マリコはこっそりとスマホに画像を保存しておいたのだ。

「それ…。亜美ちゃんが見つけたのよ。土門さんに似てる……って」

「俺に?」

「ええ」

「お前もそう思ったのか?」

「……………」

「榊?」

「お……思ってないわ」

「嘘だな?」

「何故?」

「思ってないなら、何で保存してるんだ?お前のことだ。大方、顔認証でもしてみようと企んでるんじゃないのか?」

「どうして分かるの!?……あ!」

「さーかーきー」

土門のこめかみがピクピクと震える。

「そんなことをしなくても、俺に直接確かめればいいだろう」

「だって……聞きにくいわよ」

「お前が気を使うなんてな!今夜は雨か!?」

「……………」

ハハハと笑い声を上げていた土門だったが、マリコが沈黙したままなことに気づくと、笑いを止めた。

「榊?」

「この写真……随分と若い頃みたいだから。そうなら、土門さんだってお付き合いしていた人もいるでしょうし…。もしかしたら……」

「だから、顔認証してみようと考えたわけか?」

「……………」

「何でそんなに気になる?」

「え?」

「顔認証もそうだが。さっきも、まるで親の仇でも見るような目でスマホを睨んでいたぞ。そんなにこの画像が気になるのか?」

「う…ん。よく分からないわ。でも、なんだか気になるのよ。鑑定中も思い出してしまうし……」

「ほう…?」

土門は必死に口元を引き締めるが、どうしても弛みそうになる。

「『ほう…』て、それだけ?私がこんなに悩んでいるのに!」

「分かった、分かった」

土門はふいにマリコの頭を引き寄せる。

そして。

「こんな……感じか?」

土門の手がマリコの頬を覆う。
腕時計がないことを除けば、画像とほぼ代わらぬシチュエーションが出来上がった。

Kiss…

「ちょっ!ども……」

Kiss……

「ここ、おくじょ………」

Kiss………

「どうだ?」

「どう……って」

マリコは真っ赤な顔のまま口ごもる。

「お前にもこの画像と同じようにしてやったぞ。満足か?」

「え?」

「気に入らなかったんだろう?」


――――― キニイラナイ?
そうか。
たとえどんなに前のことでも、土門がほかの女性にキスしている……それがマリコは嫌だったのだ。


「……私って、最低ね」

“ぷっ!”
土門は吹き出した。

「最低どころか、最高だ。こんな画像一枚にまで嫉妬してくれるんだからな。言っておくが、この画像は俺じゃない。お前も本当は分かっているんじゃないのか?でも気に入らない……それは理屈じゃないだろう?」

「……何が言いたいの?」

「それは俺が聞きたい。何か俺に言いたいことがあるんじゃないのか?」

土門は腕組みをして、マリコの答えを待つ。

「……………………しないで」

消え入りそうな声が、ようやく聞こえた。

「何を?」

「……………」

分かっていても、言わせたい。
全くの濡れ衣を着せられかけたのだ。
このくらいは許してもらえるだろう。

「榊、何を?」

「私以外の女性ひとには……………キス…しないで」

「分かっている。お前だけだ……」


今日は雲一つない、こんなにいいお天気なのに。

降りそそぐKissの雨は……しばらく止みそうにない。




fin.




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