チャレンジ企画





午前0時。
たった今から、何よりも大切な人がこの世に生を受けた一日が始まる。

二人はマリコの部屋のソファに並んで腰掛けている。
目の前のテーブルには色違いのカップが二つ。
まだうっすら湯気が昇っていた。

土門の腕はマリコの肩に回され、マリコの頭は土門の肩にもたれている。
その日を迎えたことを壁時計の長針と短針が教えてくれた。
二人の体は自然と近づき、重なりあった針のように唇が触れあう。

「「………」」

マリコから土門へ。
土門からマリコへ。
二人は繰り返されるバードキスでの会話を楽しんでいた。

『お誕生日おめでとう』のキス。
『ありがとう』のキス。

ひとしきり、唇での遊戯を終えた二人は見つめ合う。

「そういえば、虹彩の模様が人それぞれ違うって、知っているか?」

「聞いたことはあるけど……」

「確かめてみるか?」

二人は真剣に互いの瞳を覗きこむ。

欲望の滲んだ虹彩は、深みのある色の奥に小さな黒いドットが見える。
潤んだ方は、虹彩に何本も並ぶ線が個性的だ。
ミステリアスな美しさを放っている。

『キレイ…』
『キレイだ……』

時を忘れて、二人は相手の瞳に恋に落ちる……。




「ウニャッ!」

「イテッ!」

ソファの背もたれに、ひょいと現れた小さな影。
しなやかで優雅なフォルムからは想像できないパンチが土門の後頭部を襲った。

「なんだ?……オパール!?」

「そうよ。実はね、マスターが海外に買い付けに行っている間、預かっているの」

「ニャー!」

バシバシと土門を叩くその様子からは、「いつまで見つめあってるニャ!」と猫語が聞こえてくるようだ。

「ちっ!……」

邪魔しやがって、の一言は辛うじて飲み込み、土門はマリコを抱き上げる。

「ちょっ……土門さん?」

「オパール、ベッドルームへは入室禁止だぞ!」

「ニャニャニャニャッー!!!」

オパールは、寝床を奪われ憤慨する……多分。

「ごめんね、オパール」

「ニャァ……」

しかし、大好きなマリコにそう言われては引き下がるしかない。
くるりと二人に背を向けると、早く行けとばかりに尻尾をふる。

「おやすみ、オパール」

マリコの声は扉の向こうへ消えていった。




翌朝、珍しく早起きしたマリコは膝にオパールを抱き、真剣な眼差しでPCを操作していた。

「虹彩認証か……。うちでも使えそうね。さっそく所長に報告しなくちゃ!」

そんなこととは露知らず…、土門はベッドの中で一人惰眠を貪り中だ。


数分後、マリコ(と、一匹)は再び土門の隣に滑り込んだ。
昨日より一本年輪の増した手に触れれば、そのまま抱き込まれた。

「土門さん!起きてたの?」

「誕生日の朝に一人で目覚めさせる気か?冷たい恋人だな。おまけに浮気相手まで連れて……」

土門はマリコに寄り添う毛玉をつつく。

「ニャッ!」

「ご、ごめんなさい。よく眠っていたみたいだから……」

「まあ、いい。今から“ちゃんと”起こしてもらおうか?」

意味を理解したマリコは、土門の頬に唇を寄せる。

「もう一回」

今度は反対側へ。

「足りないな」

仕方なく、額へも。

「それで終わりか?」

「だって……」

マリコはしきりとオパールを気にしている。
オパールはぐぐーっと伸びをすると、「ニャア、ニャア……(やれ、やれ)」とベッドからひらりと下りた。

七色の瞳が、土門を振り返る。

――――― 貸しだニャ!

それは空耳だろうか?

細く開いた扉から、揺れるしっぽがするりと消えた。

さて。

「榊、続きは?」




fin.




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