ひととせ
『今年も花見に行けなかったなあ』と土門はアスファルトに散った花びらを踏みながら、ため息をつく。
もっとも、この春は花見どころではなかった。
科警研からやってきた強烈な女史の登場で、(本人は否定しているが)マリコの闘争心に火がつき、蒲原などマリコの実験に付き合わされ、馬乗りに…。
……羨ましいぞ、蒲原!
そしてもう一人。
あの科捜研の女王を『ブス』呼ばわりした命知らずの女。
はじめのうちは榊も気にしていないように見えたため、目を瞑っていたが……。
さすがに目に余るようになり、土門も声を荒げる場面もあった。
ともかく。
土門はもちろんだが、マリコも花見を密かに楽しみにしていたに違いない。
『仕事だから仕方がない』
それは二人とも分かっている。
それでも…できることならマリコと二人、幻想的な桜吹雪の下を歩いてみたかった。
土門は立ち止まり、葉桜を見上げる。
そして、視線を移したとき……あるものを見つけた。
「ただいま。土産だ」
「わあ~。桜餅!大好きなのよね」
土門が見つけたのは、閉店間際の老舗和菓子店。
迷うことなく飛び込み、道明寺を購入したのだ。
さっそくマリコはひとつ取り出し、かじりつく。
「おい、皿に移さなくていいのか?」
「次はそうするわ」
頬張るマリコはもごもご答える。
「……餡がついてる」
笑いながら、土門はマリコの口の端を人差し指で拭う。
マリコはそれもパクっと口に含んだ。
「ん~、おいしい!」
「……お前。無自覚なだけにタチが悪いな」
「?」
そのままソファにマリコを押し倒した土門だったが……。
「今夜は花冷えだな」
“よっ”と掛け声とともに、マリコを抱き上げた。
「ど、土門さん!?」
「お前に風邪を引かせるわけにはいかないだろう?」
『そんなこと聞かないで……』とマリコは土門の首に手を回し、顔を隠す。
ふわりと土門の鼻先を、桜餅の甘い香りが漂う。
「春の匂いだな」
「え?」
一瞬、顔をあげたマリコ。
すかさず土門はその唇をペロリと舐めとる。
「ん。旨い!」
fin.
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