微笑みの護り手
マリコはスマホを耳に当てる。
電話はすぐに繋がった。
「土門さん……少し、時間ある?」
『構わんが。どうした?』
外にいるのだろう。
電話の向こうから喧騒が聞こえる。
「うん……。ちょっと……」
「榊」
「土門さん、ごめんなさい。仕事中なのに…」
呼び声に振り返ったマリコは、黒い喪服に身を包んでいた。
薄化粧も相まって、白い肌が一層引き立っていた。
「同級生がね……。亡くなったの……」
ぽつり。
言葉がこぼれた。
「病気か?」
「病気…といえば、そうね。でも……」
マリコは目を真っ赤にして、嗚咽を必死に堪えているようだった。
「彼女、妊娠していたのよ。高齢だし、持病もあって、医師にも反対されていたのに…。どうしても産みたいって」
「……………」
土門は黙って聞いている。
「案の定、娘を残して自分だけ先に逝っちゃった……」
マリコは目が霞んでもう土門の顔さえはっきりとは見えない。
土門はいつもより小さく見えるマリコを、そっと引き寄せた。
自分の胸の中にその身が全て隠れるように腕を回し、ぎゅっと抱える。
「もう誰からも見えない。俺にも見えない。だから、我慢するな……」
頷いたのだろうか。
頭が小さく揺れた。
そしてその直後、マリコの体は震えた。
漏れる声は小さく、肩の揺れは小刻みだけれど、その哀しみの深さは計り知れない。
それほどに大切な友人だったのだろう。
土門は立ち尽くし、抱き締めることしかできない自分に不甲斐なさを感じていた。
どうすれば、その泪は止まる?
何をすれば、笑顔が戻る?
自分の腕の中で、ただ小さく泣き続けるマリコのために。
こうして、鼓動が重なるほど傍にいるとわかる。
どんなに小さな泪の音も。
どんなに微かな息づかいも。
土門は抱き締める腕にぎゅっと力をこめた。
「……ごめんなさい」
「ん?」
「情けないわよね。これまでだって、知り合いの死には立ち会ってきたのに」
「気にするな。そんなことはない。俺たちの仕事は馴れたら終わりだ。それに彼女は被害者ではなく、友人だろう?」
「んっ……そう、ね……っ」
また、その声が泪に濡れる。
「榊……」
こんなにも誰かのことを大切に思うことなんて、これまでなかった。
有雨子も水絵も土門の人生にはそれぞれ大切な存在だった。
それでも……マリコとは違う。
マリコだけが違う。
「土門さん」
マリコが泪混じりの声をあげる。
「なんだ?」
「ありがとう」
「うん?」
「泣き顔を隠してくれて。こうしていると、守られているようで……少し落ち着いたわ」
「そうか。だが、『守られているよう』じゃないぞ。『守っている』つもりだ。非力だがな」
「そんなことない。嬉しい……。私一人だったら哀しみに押し潰されていたかもしれない」
「その
「うん。そうね!」
ようやく小さな笑みが浮かんだ。
淡く儚いはずなのに、その微笑みは喪服の濃炭色を忘れさせるほど土門の心を占める。
「友人のためにも笑っていろ。哀しみや辛さは俺が引き受けてやる。お前は笑顔が似合う。お前の笑った顔が、俺は……好きだ」
返ってきたのは、照れたような優しい微笑み。
マリコのために、もっともっと強くなりたい。
その笑顔を守るために。
この手に……。
いつか、世界すら変えるほどの力を。
fin.
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