Love is all





「受付で聞いてみよう」

伊知郎は総合受付で事情を説明する。
親族ではないため、なかなか教えてもらえないようだ。
しかし、伊知郎が名刺を差し出すと、ようやく動きがあった。

尚も暫く待たされたのち、一人の看護師が二人を迎えにやって来た。

「お話は伺いました。確かに土門薫様は当医院へ搬送され、先ほど手術を終えられています」

「容態はどうなんですか?」

「合併症などまだ油断はできませんが、手術は成功です」

「そう…そうですか。あの会うことは……?」

「こちらです」

榊夫妻は看護師の後を追った。



二人はICUと書かれた部屋に足を踏み入れた。
ガラスを隔てた向こうには、酸素マスクと複数のチューブに繋がれた土門が横たわっていた。

「土門さん……」

容態はひとまず落ち着いているようだが、やはり痛々しいその姿に、伊知郎はそれ以上声が出なかった。

こんな土門の姿を見て、マリコはさぞや、と伊知郎は考え……。

「ねえ、あなた。マリちゃんはどこかしら?」

妻と同じことを考えた。

いずみは一旦部屋を出ると、廊下にいた看護師を引き止める。

「あの、すみません。こちらの土門さんに付き添って来た女性を知りませんか?」

「ああ。土門さんがICUに移送されてから、暫くはずっと居られましたよ。……そういえば少し前からお見かけしませんね?」

「そうですか、ありがとうございます」

いずみは看護師へお礼を伝えると、すぐにマリコへ電話をかけた。
しかし、何度かけても電話は繋がらない。

「母さん。まぁちゃんは?」

「それがここには居ないみたいなの。電話にも出ないし…。マリちゃん……」




「あの……」

心配顔の二人に、一人の若い女性が声をかけた。

「やあ!美貴ちゃん!」

「所長。ご無沙汰しています。あの、連絡ありがとうございました。それでお兄ちゃんは?」

美貴はもう泣きそうな顔をしている。

伊知郎は土門の搬送先の病院が判明した時点で、美貴に連絡を入れておいたのだ。

「まだ油断はできないが、手術は成功して、今は落ち着いて眠っているよ」

「そうですか……………………良かった」

美貴はぐすっと鼻を鳴らした。

まずは兄の容態を確認するために、美貴は病室に入った。
ベッドの上で眠る兄がちゃんと目覚めるのか…。
もう何度目かの経験なのに、慣れることなく美貴の心臓の鼓動は速まる。

「まったく…。心配かけすぎなのよ、お兄ちゃんは……」

美貴は小さく息をつくと、目尻に僅かに溜まったものを、乱暴に拭き取る。

「さっさと目を覚ましてよね!」

そんな、捨て台詞を吐く。

「お兄ちゃん……」

でも、最後の一言は……声が掠れていた。



美貴は病室を出ると、伊知郎といずみに頭を下げた。

「所長、ありがとうございました。でも…どうして所長はお兄ちゃんのこと、分かったんですか?あ、もう所長じゃありませんよね。すみません」

「いいや、構わないよ。美貴ちゃんにそう呼ばれると何だか昔に戻ったみたいだね」

懐かしさに伊知郎は目を細める。

「ニュースで流れていた新横浜の通り魔の被害に遭ったんですよね?お兄ちゃん、こっちへは仕事だったのかな……?」

「いや…。そうか、美貴ちゃんは聞いてなかったんだね」

「え?」

「うーん。僕が話していいものか…」

「所長、教えてもらえませんか?」

美貴は訳が分からず、不安そうな表情を浮かべている。

「そうだね。土門さんも、いずれ美貴ちゃんにはきちんと説明するつもりだったろうし……」

伊知郎は、実はね、と少しだけ表情を綻ばせる。

「少し前にまぁちゃんから連絡があったんだよ。うちに帰ってくる、って。それも土門さんと一緒に」

「え!?それって……」

「うん。そういうことだと思う。3日休みをもらったと言っていたから、最後の日に美貴ちゃんのところへ行くつもりだったのかもしれないね。でもそんな矢先にこんなことになってしまって……」

「そうなんだ。そう……。やっとマリコさんと…」

美貴も胸に迫るものがあるのか、言葉に詰まっていた。
ところが、ふと首を傾げる。

「あれ?でもマリコさんは、どうしたんですか?まさか!マリコさんも怪我を!?」

「いや。まぁちゃんは大丈夫みたいだ。一度電話は繋がったんだけど、僕らがここに駆けつけたときには姿が見えなくてね。電話も繋がらなくて、心配しているんだよ」

伊知郎はいずみと顔を見合わせ、表情を曇らせる。

「マリコさん、まさかお兄ちゃんのことで責任を感じてるんでしょうか……。そうだ!私が電話してみましょうか?」

「そうだね!僕らからの電話を避けてるだけなら、美貴ちゃんの電話には出るかもしれないな」

「私、かけてみます!」

美貴はスマホを取りだすと、久しぶりにマリコの名前を検索した。
宛名に表示された『榊マリコ』の文字を見たとき、もうすぐ自分と同じ名字に変わるのかな?…とそんなことを一瞬だけ考えた。
そしてコールボタンをタップした。




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