Love is all
病院へ到着すると、土門は直ぐに処置室へ運ばれた。
程なくして、手術が行われることになった。
マリコは見上げた手術中のランプが点灯してから、手術室の前を一歩も動くことができずにいた……。
時間だけが刻々と過ぎていく。
暫くして、マリコはポケットがずっと振動していることに、ようやく気づいた。
取り出したスマホは、数十件の不在着信を示している。
その殆どが自宅からだった。
予定の時刻を過ぎても帰ってこないマリコを心配しているのだろう。
再び、スマホが震える。
マリコは画面をタップし、スマホを耳に当てた。
「もしもし……」
『マリちゃん?マリちゃんね?』
「母さん……」
マリコは突然涙が溢れだしそうになる。
必死に耐えようとした途端、嗚咽が漏れてしまった。
『マリちゃん?どうしたの?今どこなの?』
「……………」
『マリちゃん?』
「……………」
『……マリコ。母さんの声、聞こえてるわよね?』
「……………」
マリコは何も答えようとはしない。
今、口を開けば、不安に叫び出してしまうだろう。
母にそんな心配をかけたくはなかった。
『マリコ。……母さんに何かできることはない?』
いずみは小さな子どもに聞くように、穏やかな声で話す。
「母さん……」
母の声に、気持ちが揺らぐ。
『ん?』
「……………」
『マリコ、土門さんと……何かあったの?』
「母さん、土門さんが……」
ようやく言葉を続けようとしたとき、手術室のランプが消えた。
マリコは通話ボタンを切ることも忘れ、手術室の扉が空くのを待った。
手術直後に現れた医師は、まっすぐにマリコのもとへ向かってきた。
「先生……」
「患者さんは刑事さんだそうですね?とっさに急所を外す体勢を取られたようだ。まだ油断は禁物ですが。手術は成功ですよ」
「……ありがとう…………ございます」
マリコは、ほうっと知らず詰めていた息を吐きだした。
「では。今後の詳しい説明は、看護師からお聞きになってください」
そういうと、医師は戻っていった。
入れ違うようにストレッチャーに乗せられた土門が運び出される。
酸素マスクをつけた表情は、先ほどまでとは違い穏やかに見えた。
「土門さん!」
駆け寄ろうとするマリコを、看護師が引き止める。
「今から集中治療室へ運びます。先に今後のご説明をさせてください。こちらへ……」
マリコは看護師に導かれるまま、カンファレンスルームへ向かった。
「電話、繋がったのかい?」
伊知郎は新聞から顔を上げると、キッチンの奥にいるいずみへ声をかけた。
すると、エプロン姿のいずみがいそいそと現れた。
手にはスマホを握りしめている。
「あなた、大変よ!土門さんに何かあったみたい。マリちゃんは多分どこかの病院にいるわ。『手術…』って男の人の声が聞こえたもの……」
「何だって!?」
伊知郎は眼鏡の奥の目を瞠る。
「あなた、何とか調べられない?マリコ……泣いていたわ」
「もしかして……」
伊知郎は昼にテレビを流れた速報を思い出した。
「新横浜で通り魔事件があった、って大騒ぎになっていたよね。何人かは病院へ搬送されたとニュースで伝えていた……もしかして、土門さんも」
「あなた!」
「搬送先の病院を調べてみるよ」
伊知郎は立ち上がると、すぐにどこかへ電話をかけ始めた。
ものの数分と経たないうちに。
「母さん、分かった!○○総合病院だ!怪我人は全員そこに搬送されたらしい。行ってみよう」
二人は取るものも取りあえず、病院へ急いだ。