二枚の写真と母
「ふぅ…。苦しい……。いつまでこんな格好でいなきゃならないのかしら……」
マリコは大きなため息を吐く。
ただでさえ窮屈で不快なのに、マリコは今、自分の並んでいる行列の進みの遅さにうんざりしていた。
少しずつ進んではいるが、まだまだ先の目的地は見えそうにない。
「マリちゃん、そんな不機嫌な顔しないの!せっかくの美人が台無しよ」
「そんなこと言ったって……。ねえ、母さん。またにしない?」
マリコはいずみとともに初詣の列に並んでいるのだ。
しかも着物で。
大晦日にひょっこり現れたいずみは、元旦の朝から渋るマリコを連れ出した。
早朝からぐいぐいと着付け師に帯を締め上げられ、マリコは辟易していた。
おまけに連れてこられた神社は凄い人混みで、賽銭箱ははるか遠い。
「榊?」
反対側から声がかかった。
すでにお参りを終えた人々の列の一角に、警察官の制服を着た一団がいた。
「土門さん?なんでここに……」
「年始の御祓いを受けにな。それにしても、榊。お前…………、なんて格好だ?」
「失礼ね!💢」
面白がる土門に、マリコは『ぷくっ』と膨れる。
その時、シャッターの音が聞こえた。
「母さん?何撮ってるの!?」
いずみに気づいた土門は、驚き、軽く頭を下げる。
「土門さん。明けましておめでとうございます。いつもマリコがお世話になっております」
「こちらこそ、おめでとうございます」
「ちょっと、何のんびり挨拶なんてしてるの?」
「あら、マリちゃんはご挨拶したの?」
「うっ…。土門さん、明けましておめでとう」
「ああ。おめでとう」
膨れっ面のマリコに、土門は苦笑が止まらない。
「ねえ、二人で一緒に写真を撮ってあげるわ」
「い、いいわよ……」
「どうして?土門さんは制服姿だし、マリちゃんはお着物で、昔の将校さんと娘さんみたいじゃない」
「いやよ、母さん。恥ずかしいでしょ!」
「……マリちゃん」
突然、いずみの声が低くなる。
「写真を撮らせてくれたら、お見合いは諦めてもいいわよ?」
いずみの瞳がキラリと輝く。
「……………」
マリコは考え込んだ。
「見合い?榊、それはどういう……」
「土門さん、お願い!」
背に腹は変えられない。
マリコは覚悟を決めた。
「な、なんだ?」
「ここは黙って私と写真を撮って!!!」
「お、おう」
凄まじいマリコビームにたじろぎ、土門は首を縦にふる。
「はーい、じゃぁ撮るわよ。……って、二人とも!もっと寄ってちょうだい!!」
その後、土門は仕事仲間に冷やかされつつ学校へ戻った。
そしてマリコはもう暫く(?)並び続けて参拝し、パワフルな「いずみ」台風を駅へと送り届けた。
その夜、昼間の真相を聞き出そうと土門はマリコの部屋を訪れた。
夕方メールを送ると、母親を駅まで送る、と返信があったからだ。
『見合い』その一言がどうにも土門の頭から離れない。
「榊、入るぞ」
合鍵を使って玄関を開ける。
ガチャという解錠の音と、土門の声が響いた。
「え?土門さん!?」
寝室にいたマリコは慌てる。
今から数分前にようやく帰宅したマリコは、ほっとため息をつくとともに窮屈だった帯をほどき、着物を脱ぎ捨てたばかりだったのだ。
つまり。
「榊?寝室か?」
リビングにマリコの姿がないことで、土門の足は自然と寝室へ向かう。
そしてドアを開いた土門の目に飛び込んできたのは、薄手の肌襦袢一枚まとっただけのマリコの姿だった。
「なっ……!」
「み、見ないで!」
くるりと後ろを向き、慌てて羽織るものを探すマリコだったが、近くには何もない。
「す、すまん……」
「……土門さん」
「な、なんだ?」
「すまん、て言いながら凝視しないでよ……」
「あ、……すまん。いや…その、………すまん」
マリコはぷっと吹き出してしまった。
すまん、ばかり繰り返す土門は、それでもマリコを見つめることを止めない。
止められない、といったほうが正しい。
ガーゼ生地の肌襦袢からは、ほんのり肌が透けている。
胸元の合わせと腰は、目を凝らせばインナーのラインまで浮き出て見えそうでエロティックだ。
思わず手を伸ばし、ゴクリと鳴った喉に土門は「はっ」と正気づいた。
「リビングで待っている。早く着替えて来い」
振り切るように、土門は寝室を出ていった。
「……何よ。意気地無し」
そんなセリフは当然……土門の耳には届いていなかった。
to be continued…
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