福男





結局、この日。
土門は小山内とともに昼ご飯を裏庭のベンチで食べた。

だが、そのとき小山内から言われたことに土門は驚いた。
そして同時に、ある一つの決意へと繋がった。
それは今日こそ伝えるべきことであり、今日でなければ意味がない。

土門は定刻を過ぎると、足早に京都府警へ向かった。



マリコは自分のデスクで絆創膏を巻いた手のひらをぼんやりと見つめていた。
昨日、呂太から話を聞いたマリコは、すぐに早月へ連絡した。
何だかんだと理由を探られたが、何とかはぐらかした。

多めに材料を揃え、何度も練習した。
それなのに。
せっかく早月からメモを貰っても、全然上手く作ることができなかった。
あんなお弁当を持たせて、土門に申し訳ないという気持ちで一杯だった。

「土門さんが他の人の料理を食べたくなる気持ちも分かるわ……」

盛大なため息とつくと、それに合わせるようにスマホが振動した。

画面はメッセージの着信を告げている。
相手は土門だった……。

『屋上にいる』

「え?屋上?……どうして?」


マリコが急いで向かうと、西日を背にした土門がいつものように立っていた。
違うのは制服姿だということだけだ。

「急に呼び出して悪かったな?鑑定、大丈夫か?」
「平気よ。それよりどうしたの?」
「ん?これの礼を言いにきた」

土門は弁当箱を持ち上げる。

「旨かった。ありがとう」
「……ううん」

マリコは土門と視線を合わせない。


「実は今日、一人の生徒と一緒にこの弁当を食べた」

土門はマリコの顔をのぞきこんで、続けた。

「その生徒は、食物アレルギーが酷くてな。月曜日だけは弁当を持参してくるんだ。だが、一人だけ弁当では食堂で目立つから恥ずかしいんだそうだ。それで、俺がつきあっていた。この前は余ったぶんをもらったんだ」

「そう、だったのね……」

ようやくマリコは得心がいった。

「ところが、そいつが妙なことを言うんだ。この弁当を見てな……」


『卵焼きが焦げるのは、焦げやすいと分かっていても、冷めても美味しく食べられるように出汁や調味料をしっかり加えているからです。それに、このひじき。お弁当に黒色のおかずを入れるのって、色味が気になって敬遠しがちなのに、それが入っていても、とっても彩りが綺麗ですよね?食べる人のことをすごく考えて作ったお弁当なんだなぁ…って思います。土門教官、お幸せですね』


「と、言っていたんだが……。その通りなのか?」
「…………」

マリコはうつ向いたまま、答えない。
それでも、髪の隙間から見え隠れする耳が赤くなっていることが答えだ。

「なぁ……、榊」

マリコは顔を上げた。

「こんな弁当を食べ続けられる奴は、確かに幸せ者だな」
「……?」

「俺はそんな奴になりたいんだが……なれると思うか?」
「……」

「お前の意見を聞かせてくれないか?」
「……それは」
「それは?それは、なんだ?」

土門はいつまででも待つつもりだった。
どうしてもマリコの口から答えが聞きたい。

珍しく視線の泳ぐマリコを勇気づけるように、土門はマリコの手をとった。
左手の指に巻かれた絆創膏に気づき、土門はマリコへ溢れんばかりの愛おしさを感じた。

マリコは息を吐き、そしてゆっくりと吸う。


「それはね、毎日作らなくてもいいなら……きっとなれると思うわ」

土門はマリコの左手を持ち上げ、絆創膏に唇を押し当てた。
『かあ…』と恥ずかしさに赤面したマリコは、慌てて手を隠そうとした。

でもそれは土門に阻止されて。

「毎日なんて、贅沢は言わんさ。今日一日だって十分幸せだったからな」

「……ばか」

土門はもう一度、指に口づけると笑いながら言った。

「絆創膏じゃないものを用意しないとな?」


なぜなら、その指は……“くすり指”だったから。




fin.



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