福男





それからしばらくの後、土門は帰途についた。
飲みに誘われたが、明日も授業がある。
手本となる人間が酒の臭いをさせて、教壇に立つわけにはいかなかった。

玄関を開けると、部屋は煌々と明かりがついていた。
ガチャン、ゴトンと物がぶつかったり、落ちたりするような音が聞こえ、なんとも言えない香りが鼻孔をついた。

「榊?来てるのか?」

「あ!土門さん、お帰りなさい!」

振り向いた白いエプロン姿のマリコに、土門はふらふらと引き寄せられる。

だが、テーブルに置かれた凄まじい物体に目が覚めた。

「これ、なんだ?」
「え?見てわからない?卵焼きよ」
「た、卵焼き……そうか。夕飯の支度をしてくれていたのか?」

土門は思わず、それから視線を逸らした。

「え……と、まあ、そうね」
「?」

おや?と歯切れの悪いマリコに、土門の眉が上がる。

「さあ!支度は私がしておくから、先にお風呂に行ってきたら?」
「あ、ああ……」

マリコに背を押され、リビングを出るときに、土門はちらりと振り返った。

「お前も入るか?」

「入りませんっ!」

エプロン姿で腰に手を当て、赤い顔で怒るマリコは……実に魅力的だった(笑)



翌朝、随分と早い時間にマリコは起き出した。
できるだけ音を立てないように、キッチンで調理を始める。
早月から貰ったメモを見ながら何とか仕上げ、冷めたことを確認して箱に詰める。
そっと土門の鞄から取り出した、可愛らしい箱も綺麗に洗い上げておいた。

マリコは、今日は非番ではない。
急いで身支度を整えると、土門が起き出す前に自宅へと戻っていった。


アラームに起こされた土門は、隣の空いたスペースから温もりが感じられないことを不審に思い、ベッドを抜け出すと、リビングに向かった。

テーブルには綺麗に洗われた小山内の弁当箱と、もう一つ、小ぶりなトートバックが置かれていた。
中をのぞくと、男性ものの弁当箱が入っていた。
持ち上げてみると、重い。

「橋口のやつか……」

恐らく昨日の土門との会話を呂太が口を滑らせたのだろうと、土門は踏んだ。

「それで急に料理になんてしてたのか……」

土門は洗い上げられた弁当箱を見て、何とも言えない気分になった。
何も疚しいことなどない。
それでも土門が他の女性からの弁当を食べ、その弁当箱を洗っていたマリコは何を思っていただろう。

「あいつだって、いい気はしないだろうな……」

ふと目を向けたゴミ箱には、絆創膏の包装紙が数枚落ちていた。
土門はマリコの作った弁当を大切に鞄にしまった。



そして、冒頭へと戻る。



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