Snailのゆくえ
講義の真っ最中、火村のスマホが着信を告げた。
マナーモードに設定してあるため、そのまま放っておく。
しかし、その後も何度もスマホは震える……。
「では、先程配布した学生課アンケートを記載し終えた者から帰りなさい」
火村の説明に、生徒たちは一斉にプリントへ向かう。
その隙にスマホを確認すると、着信はすべてアリスからだった。
全員の生徒がアンケートを提出し終えると、火村は急いで教室をあとにした。
学生課へ向かう途中でアリスにコールバックする。
――― なにか胸騒ぎがする。
2コールで電話は繋がった。
「アリス、どうした?」
すれ違った生徒が、無駄に甘いバリトンに驚いて振り返る。
「ひむらー!どないしよー!!」
電話の向こうの大音量に、火村はすかさずスマホを耳元から遠ざけた。
すぐに来い、というアリスの有無を言わさぬ口調に、火村は気まぐれな愛車を宥めつつ夕陽丘へ向かった。
部屋を訪れた火村に、開口一番、アリスが叫んだ。
「“ひでお”が行方不明になってもうた!」
「………はっ?」
「だーかーらー、“ひでお”が脱走してしもうたんや!」
「アリス、念のために聞くが…。その“ひでお”とやらは、もしかして今朝LINEで送ってきたカタツムリか?」
そうや!と胸を張って答えるアリスに、火村は頭を抱えた。
「君に見せよ、思うて、ガラスケースに入れといたんや…」
そしたらいつの間にかいなくなっていた、とアリスがうつ向く。
「逃げ出したんだろう。そっとしておいてやれよ」
ため息混じりに火村は言うが、アリスは諦めきれない様子で『“ひでお”…』と呟いている。
仕方なく、水回りと家中の隙間を覗いてみるが、“ひでお”の姿はない。
「もう、あきらめろ」
「冷たいやつやな…。自分とおんなじ名前の子がおらんようになったゆーのに」
「あぁ?だいたい、もし今ベランダで見つかったとしても、それが“ひでお”だって見分けつくのかよ?別のカタツムリかもしれないだろ?」
「うっ」
痛いところをつかれて、アリスの目が泳ぐ。
「ほらみろ」
「せやったら、君が“ひでお”の代わりになってくれるんか!?」
「はぁ?何訳のわからないこと言って…」
そこまで言いかけて、何を思ったのか火村はニヤリと笑う。
「いいぜ」
いうや否や、ソファの隣に座るアリスの足首をむんずと掴む。
急に足を持ち上げられて、体勢を崩したアリスは、背中を肘掛けにしたたかぶつける。
「痛いやろ!」
アリスが抗議の声をあげる。
しかし、火村はどこ吹く風で、ハーフパンツからのぞくアリスの足をさらに自分の方へと引き寄せる。
「ちょっ…火村!?」
火村はアリスのふくらはぎに唇を寄せると、ゆっくりと舌を這わせる。
肉厚な火村の舌が、膝の裏の窪みをくすぐるように撫でると、アリスの体が震える。
その反応を楽しむように、いたずらな舌は、さらに上を目指す。
「待った、待った!」
「なんだ?」
「君は何を考えとんのや!?」
突然のことにアリスが狼狽える。
「何って、“ひでお”の代わりだろ」
「はぁ?」
お前の足に乗った“ひでお”を再現してるんだ、と真面目な顔で、不真面目な行為に勤しむ准教授。
「“ひでお”はそんなこと、せーへん!」
「じゃぁ、どんなことするんだ?俺と同じ名前だぜ?そりゃ、アリスが欲しくて、あんなことやこんな…」
「ああー!もぉ、ええて!」
アリスが白旗をあげる。
「“ひでお”のことは…、あきらめる……」
「よろしい。では、ここからはオリジナルの“ひでお”の出番だな」
そういうと嬉々として、舌の動きを再開させる。
隙あり、とばかりに火村の左手がウエストからTシャツの中へ侵入する。
だが敵もさるもの。
アリスは両足を火村の首にするりと巻きつけ、三角締めを仕かける。
「…アリス。…苦しい」
「自業自得やな。いたずらはほどほどにせえ、先生」
アリスは、ふふんっ!と誇らしげに鼻を鳴らす。
一方、お楽しみを奪われた火村は。
やってられねぇな、とソファから立ち上がると、キャメルをくわえてベランダに向かう。
しかし、その前に立ちはだかったアリスは、火村の口からそれをもぎ取る。
「アリス?」
「君、“ひでお”にヤキモチ焼いたやろ?」
どうや?と奪ったキャメルを火村の鼻先に突きつけるようにして、アリスが尋ねる。
「………」
今だけは絶対首を縦にはふらない、と火村は心に決めた。
そんな無言の火村を見て、アリスはくすりと笑う。
「なんや君、かわええなぁ」
子犬の目やないけどな~と、どこか楽しそうにアリスは火村の手を引く。
そのまま寝室へたどり着くと、アリスは火村と向かい合った。
「“まっとるけん”てスタンプ送ったやろ?俺がいっつも諦めんと待っとんのは、オリジナルの“ひでお”の方やで?」
そういって、身長差の分だけ下からのぞき込むアリスが目にしたのは……。
何とも嬉しそうな子犬の目をした火村だった。
アリスは、『なんや、今日は君にメロメロや…』と火村の耳元で囁き、その首に、今度は両腕を巻きつけた。
fin.
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