HEAT
name change
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「どこまでも名前様に従いますよーっと」
沙明としては雰囲気を和らげようと軽口を叩いたつもりだったが、名前には思いっきり面倒そうな顔をされたので、これ以上の無用な発言は止めておこうと判断した。「ついてきてほしい」という名前の言葉に従って今は廊下を歩いている。
確かにあのまま食堂に留まっていても状況は変わらないだろう。
黙って名前のうしろをついていき下層に下りる階段に差し掛かる。この階段を下りた目の前にはコールドスリープ室がある。
「……まさか。コールドスリープして待つなんて言わねえだろうな」
ふと思い付いてしまったこの状況をくぐり抜ける為の手段に思わず身震いした。しかし名前の目的地はここではなかったらしく「違う違う」と笑い飛ばされた。
結局目的地は教えてもらえないまま言われるがまま彼女について行くと、コールドスリープ室は通り過ぎて水質管理室へ辿り着いた。
「こんなところに何の用だよ……」
ここはさっき一通り船内を見て回ったときに確認したが、他の部屋と同様に空調は不調なままだったはずだ。スライドして自動でドアが開くと、予想通りこの部屋も暑かった。今まで密閉されていた分、熱がこもっていたようだ。ドアが開いたことにより勢いよく吐き出された熱気に思わず顔をしかめた。
「ちょっと待ってて」
部屋の温度が廊下と同じぐらいになったのを見計らって名前は足を踏み入れた。そして目の前の水槽に掛かる梯子を上る。そこは小さいが海棲生物用のプールになっている水槽だ。プールサイドに上がった名前は手を伸ばしてその水に触れた。
「よかった、ここは大丈夫みたい。じゃ、泳ごうか」
「はあ?」
名前は梯子を下りると沙明の目の前で予告もなく服を脱ぎ出した。
「あ、もしかして沙明って泳げなかったりする……?」
「いや、いけるけど……」
「それならよかった」
会話の途中も名前は躊躇なく服を脱いでいく。突然目の前でストリップを始めた名前に、沙明は思わず顔を手で覆った。理性と本能の狭間で揺れ動く沙明をよそに、名前は淡々と衣服を脱いでインナー姿になる。ちなみに一瞬で本能の勝った沙明はしっかりと指の間から視界を確保していた。かろうじて働いたなけなしの理性で堂々と見ることだけは憚られた。
「ちゃんとインナー着てるし大丈夫だよ。これ撥水性が良くて水に入っても平気なんだ。水着みたいなものだね」
名前はわざわざその場でくるりと回ってその水着みたいなものとやらを見せてくれた。
「バッカ、おまっ、バカっ」
普段は隠されている体のラインが余すことなくさらけ出されていて、思わず顔ごと視線を逸らしてしまった。
(いや、本人がわざわざ見せてくれているなら、見ないと逆に失礼じゃねーか?)
一瞬の葛藤の後名前のいるほうを見た。
「あ?」
しかしそこにもう彼女の姿はない。
「じゃ、お先〜」
声のしたほうに目を向けるとプールサイドに立っている名前が見えた。しかし姿を認識したのは一瞬で、その影はすぐにプールに落ちていった。
「オ、オイ⁉︎」
沙明は慌てて梯子を上りプールを覗き込む。
すでに名前は見えなくなって、しばらく経っても上がってこない。
ここは人が泳ぐように作られたプールではない。それどころか海棲生物用なので外から見るより深さがある作りになっている。
(おいおいおい勘弁してくれよ。本当に大丈夫かよ)
せっかくグノーシアの脅威から逃れて生き残ったのにこんなところで死なれては後味が悪い。焦燥感に駆られながら少し身を乗り出してプールの底のほうを覗き込む。
しばらくしてゆらりと影が見えたかと思うと、その影が勢いよく水面に上がってきたため飛沫が顔にかかる。おまけに開いた胸元から水が入り込んで腹まで水が伝うのがわかった。
「うわっ」
反射的に目を瞑ったが眼鏡のおかげで目に水が入ることはなかったようだ。その代わり眼鏡は犠牲になり水滴がついて前が見えない。
「なっにすんだよ」
顔と眼鏡にかかった水を拭いながら文句を言ってやろうと目を開けると、名前の笑みがあまりも鮮やかで反感の声などすぐに消えてしまった。水滴が照明を反射してキラキラと輝く。彼女の星が弾けたような表情が眩しすぎて思わず目を細めた。
「あははっ、気持ちいいよ! ほら、沙明も暑いでしょ? 泳ごう?」
「あーもう! わかったよ!」
濡れたジャケットを勢いよく脱ぎ捨てる。ズボンも靴も脱いでインナーだけの姿になると、さっきの名前に劣らず勢いよくプールに飛び込む。服はプールサイドから梯子の下に投げ捨てた。
すぐに水面に浮上すると予想通り、飛び込んだときに思いっきり名前に水飛沫がかかっていて「もー!」なんて口では非難の声を上げるがその表情はむしろ嬉しそうにも見えた。
「お前、よくこんなとこ知ってたな」
「うん。前にオトメがここで泳いでるのを見たことがあってね。この水がお湯になってなくてよかったよ」
「ふーん」
その後も二人はいろいろな話をした。グノーシアの脅威のない船の中は平和そのもので穏やかな時間が流れる。
しばらく泳いでいると、心地よい疲労感が沙明の体を覆った。体力にあまり自信のない沙明は少し休憩しようとプールサイドに上がった。
名前はまだ水中の世界を楽しんでいる。泳ぐ姿はとても静かで綺麗な流線型で通り過ぎる。人には意外な特技があるもんだと感心した。ぼんやりと眺めていると、今度は水の抵抗なんてないみたいにあっという間に潜水していく。泳いでいる間に束ねていた髪は解けてしまったようで、それが一層、昔に聞いたことのあるおとぎ話の生き物を連想させた。