しゃみぬいといっしょ!



 沙明の「腹減った」という一声でふたりで食堂へやってきた。
 私はカレーライスをスプーンで掬いながら、小さな口を精一杯開いてハンバーガーにかぶりついている沙明を眺めていた。
 フードプリンターで生成されたハンバーガーは沙明の顔と同じくらいの大きさで、ここからみるとまるで頭からバーガーに突っ込んでいっているように見える。
 あーあ。これじゃあこの後はまた洗濯行きだな。
 あまりにも無邪気に美味しそうに食べているものだから注意する気も失せてしまう。小さな子供を見守る親ってこんな気分なのだろうか。
「メガネにもついてるよ」
 前が見えないのは不便だろうとメガネを拭ってやる。ソースの油が残ってキレイとは言い難いがある程度の視界は確保できるだろう。

「か〜〜〜ッ! 全くうらやまけしからん!」
「うらやま……なんて?」
 通路を挟んだ隣のテーブルでしげみちがラーメンを啜っているのは知っていた。
 どうやら私たちに対して物申したいことがあるようで、私は沙明に腕を伸ばした体勢のまましげみちのいる方に顔を向けた。
「それだよそれ!」
 箸の先をこちらに向けている。行儀悪いよしげみち!
「お前ら付き合ってんのか?」
「違うけど?」
「口の周りについたソースを拭いてもらうなんて……それなんてギャルゲー!?」
 どうやらしげみちは私たちの距離感に物申したいことがあるらしい。
 個人的には男女というより小さい子に向ける情なんだけどな。
「オレなんか現実の女子に優しくしてもらったことなんてねえよ!」
 それにしても今日のしげみちはアルコールを過剰に摂取しているのかと思うほどの絡み方だ。
 こちらに向けられていた箸はラーメンの器に戻っていったが、箸で麺を掴んだまま上げたり下げたり。器の周りにスープ飛んでるし、麺も伸びるんじゃない?
 箸を上下運動させながらしげみちは「現実の女性と付き合ったことがない」のだと延々と語り出す。
「沙明はいいよなあ、女子に優しくしてもらえて。オレなんか、オレなんか……人間の女の子に優しくしてもらったことなんか、一度もねーよお!」
 とうとう机に突っ伏しておいおいと泣き始めてしまった。
 そんなオーバーアクションなしげみちがあまりにも面白くてからかってみようという悪戯心が芽生える。
「ふぅん、しげみちには私が人間に見えるんだ」
「へ?」
 しげみちが顔をあげる。
「私は人間だ、なんて言ったっけ?」
「へぁ!?」
 私の言葉に向かいに座る沙明もわずかに目を見開いて驚いている。
「でも良かった。ちゃんと人間に見えてるみたいで」
 まるで自身の形を確かめるかのように顔に触れる。
「ねえ、今もちゃんと人間に見えてる?」
「ち、違うのか?」
「そうなんだ。うん、よかった」
 意味ありげに微笑むとヒッと息をのむ音と同時にカランと箸が床に落ちた音が響いた。
 しげみちは箸が落ちたことに気付いていないのか、その手は箸を持つ形のままブルブルと震えている。
「なあ、オイ。人間……だよな?」
「んふふっ」
「ひええええええええぇぇぇ!!??」
 叫び声をあげ、しげみちはまだ半分以上残っているラーメンをそのままに食堂から出て行ってしまった。

「……お前、悪趣味だぞ」
「だって面白くて」
 肩をすくめてぺろりと舌を出す。
 しげみちは素直で騙されやすいところがあるからついついからかいたくなるのだ。
 沙明は途中からそのことにに気付いたようで呆れたように鼻で笑われてしまった。
 それからもう興味を失ったとばかりにまたハンバーガーに突撃していった。


 そして翌日……。
 グノーシア対策会議にてしげみちのカリスマ力により、あっという間に私はコールドスリープさせられてしまった。無念。


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