しゃみぬいといっしょ!
〈繰り返します。空間転移完了時にグノーシア反応を検出いたしました。乗員の皆様は——〉
LeViの案内でメインコンソールに集まり、もう何度目かもわからないはじめましてをする。
(今回はこのメンバーか)
ぐるりと見回すともう見知った顔ばかりで親しみすら感じる。時計回りにそれぞれ自己紹介をしていき次は沙明の自己紹介の番だ。
「沙明。ヨロシクたのむぜ」
「しゃー……みん?」
その特徴的な話し方に彼が沙明であることは間違いないだろう。
だがしかし私は目の前の状況が信じられなくて思わず隣にいるセツの方を見た。だって沙明の見た目がどこからどう見ても、全長20センチ程しかないぬいぐるみなのだ。
私の目がおかしいのかと思ったがセツも目を見開いていることから驚いていることがわかる。「どういうこと?」とアイコンタクトを送ってみたがセツからはわからないと返ってきた。
しかしながらこの宇宙は知性化された動物や高機能な人工皮膚がある世界だ。それならばぬいぐるみが喋るのも不思議は無いのかもしれない。私とセツにとっては初めての出来事でもどこかの星ではデフォルトかもしれない。そう思い皆の顔を見ると全員驚きの表情で、これは常識じゃないのだとわかる。
沙明にとっては普通らしく何食わぬ顔でそのなんとも愛らしい姿で議論に参加していた。
□ □ □ □ □ □
またひとりコールドスリープする者が選ばれて今日の会議はお開きとなり皆、三々五々散っていく。
私も自室に戻ろうと廊下を歩いていると、ぽてぽてと足音を立てながら歩く沙明がいた。彼と足のコンパスが全然違う私は数歩で追いついてしまった。
まるで小さな子どもに話しかけるように少しだけ屈んで、その姿に思わずいつもより優しい声色で話しかけていた。
「沙明、どこ行くの?」
「ア? 娯楽室だけど……何か用か?」
「ううん、特に用は。あの、よかったら一緒にというか……抱っこして娯楽室まで連れて行こうか?」
私の言葉を聞いて沙明の目が瞬いたのがわかった。
もしかしたらとても失礼な申し出だっただろうか。彼の小さな体だと娯楽室まで辿り着くのには時間が掛かることが想像でき、このまま沙明を置いて去るのはどうしても気が引けたのだ。
「ヒュー、そりゃ助かるぜ。俺の足じゃ移動に時間がかかってしょーがねぇ」
私の不安とは裏腹に沙明は申し出を素直に受けてくれた。そして言うや否や両手を私の方に伸ばして抱っこをせがむポーズをしてきた。
(可愛い! あの沙明が! 素直に頼るなんて!)
小さい体をそっと抱き上げると軽いしふわふわふかふかしている。思わずそのまるこい頭を撫でると沙明は満足げに鼻を鳴らした。
何度か撫でる手を往復させるとせっかくの気持ちの良い触り心地の中にジャリジャリとした感触に気付いた。沙明をよく見るとところどころ汚れていて砂や埃が付いている。縫い目にも細かい砂が詰まっているみたいだ。
「沙明。君、よく見たら砂まみれだね」
「アー、この船に避難してくるときにいろんな奴らに蹴られまくったからなぁ」
小さな沙明は雑踏の中で踏まれて蹴られて投げられて、たまたまこの船に放り込まれたらしい。
「俺が小さくて見えにくいのはわかるけどよォ。もうちっと気ィ使って欲しいよなぁ!」
「そうだね。それなら娯楽室の前に先にシャワールームに寄らない?」
「え゛っ!?」
沙明の発した「え゛っ!?」の中には最大限の拒否の意が含まれていた。
「お風呂……嫌いなの?」
「嫌いっつーかァ、中まで濡れると乾くのに時間かかるのが嫌なんだよなァ」
(中身はやっぱり綿なのかな……)
私は咄嗟にそんなことを考えてしまった。
「ま、お前も一緒に入ってくれるってんなら話は別——」
「うん、いいよ」
だってこんな小さい子があのシャワー室をひとりで使える訳ないし、と思い快く引き受けたのだが言い出しっぺの沙明は随分驚いている。そして下心を隠すことなく“いつもの沙明”よりは大きかったはずの目をキュッと細めて調子のいい笑みを浮かべた。
「ってマジかよ!? それなら早く行こうぜ!」
沙明は喜び勇んで私の腕から飛んで降りると、ぽてててっと軽快な足音を立てながら走り出す。だがその小さな足では走る速さもたかが知れている。
そのことに気付いた沙明は立ち止まってこちらを振り返り、また両手を上げて抱っこをねだったのだった。
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