青天に鐘がなる
name change
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翌朝、せっかくなので名物のヒガッカレまんじゅうで腹ごしらえをした。
名前は外はカリカリ中はモチモチのヒガッカレまんじゅうを大層気に入ったようでお土産に持って帰りたがったがナマモノのため泣く泣く諦めた。
ベッドで寝たおかげかヒガッカレまんじゅうの効果か二人とも体調は万全だ。
ここからロベリーの待つアッカレ古代研究所はもうすぐだ。
研究所までの坂道をのぼっている途中そろそろだなとリンクは東側を見つめる。
そして名前に声をかけた。
「駆け抜けるから伏せていて」
「えっ!?」
言うや否やリンクは手綱を用いて馬にスピードを上げるように指示を出す。
衝撃で名前が馬から落ちないように、ガーディアンの攻撃から守るように覆い被さる。
ガーディアンからレーザーポインタで狙われているのがわかる。そのままトップスピードで研究所前まで駆け抜けた。
馬が駆け抜けたあとに爆発音が響く。後ろを振り返ると焼けこげた草とぼうぼうと燃え盛る炎がその威力を示していた。
「も……びっくりした! ちゃんと言ってよ。そうしたら……」
怒っているのかと思えば名前の瞳からポタポタと大粒の涙がこぼれる。
「怖かった……!」
「ごめん」
馬を草の生い茂る場所に放すと愛馬は嬉しそうに草を食んでいる。
二人は気まずい雰囲気のままアッカレ古代研究所の扉を叩いた。
初めて会った時——厳密には100年前からの知り合いだが——にリンクも受けたロベリーのド派手な自己紹介に名前は驚いていたが、ロベリーとジェリンはお構いなしに話を進める。
「早速簡単な健康診断から始めようかの」
レディーの身体測定だからとリンクはジェリンに研究所を追い出されたが、名前の涙を見てからずっと心がざわざわしていたから顔を見なくて済むのはむしろありがたかった。
名前の検査の間手持ち無沙汰なリンクは近くのコーヨウ台地やキタッカレ高地で魔物狩りだ。もう少し西へ行けばライネルがいるがあまり帰るのが遅くなっては心配をかけるかもしれない。
いくつか素材を手に入れて日が沈む前に研究所へ戻ることにした。
ちなみに研究所前のガーディアンも倒しておいた。帰り道にまた名前が泣かなくていいように。
検査の結果は普通としか言いようがないらしい。身長体重も他の数値も一般的な人間と変わりない。
「ごめんなさい、お役に立てなくて」
「なーに。アンタが健康なことがわかって良かったじゃないか」
今日の検査はここまでで一晩ここに泊まることになった。
「上の見張り台が小屋になってる。好きなとこで眠りな」
そう案内されて階段を登ると確かに人一人が寝れそうなぐらいの小さな小屋がいくつかあり、全ての方角が見えるように設置してある。
名前を一つの小屋に入れて、リンクは見張りもかねて小屋には入らず扉の前で休んでいた。肌寒くて毛布を被り直す。と、名前の眠る小屋の扉がゆっくりと開いた。
「リンク……」
「ごめん、起こした?」
「ううん、起きてた。隣に居ていい?」
名前は眠れないと言い壁を背にしてリンクの隣に座った。
二枚の毛布を一緒に被ったほうが暖かいという名前の提案で二人で寄り添い毛布に包まった。
「今朝は守ってくれて、ありがとう」
「おれは名前のこと泣かせた……ごめん」
「いやっ、あれは……もう忘れてよぉ」
名前は眉を下げて困ったように視線を泳がせたり顔を手で覆ったりする。
余計なことを言ってしまったのだろうか。ただ今朝のことを謝りたかっただけだったリンクは不安になるが、どうやらそうではないらしい。
「私のせいでリンクが危ない目にあったと思ったら、それが怖くて。だからリンクのせいじゃないよ」
そう言って名前はまたリンクに感謝の言葉を伝えた。
「今日ね、ロベリーさんにリンクのこととか、この世界のこと。たくさん教えてもらったの」
名前は記憶喪失の影響かこの世界のことを何も知らなかった。鉱石の中から目覚めてからもイチカラ村というとても平和でとても狭い世界で生きていたからだ。
おそらく名前から話を聞いて、見かねたロベリーとジェリンが教えたのだろう。
名前は本当にいろいろ教えてもらったようでこの国の歴史、つまり100年前の出来事——ゼルダ姫の話やリンクが英傑に選ばれたこと、退魔の剣のこと。そしてリンク自身も記憶を失っていることもすでに知っていた。
「リンクって実はすごい人?」
「さあ、わかんない」
「わかんないって……ふふっ、おかしい」
なにかが名前のツボに入ったようで肩を震わせて笑い続けている。
「ごめんなさい。そうだったね、リンクも記憶がまだ曖昧なんだもんね」
ひとしきり笑ったあと名前はふうと息を吐いた。
「よければリンクからも直接話を聞きたいな。思い出したこと、教えてほしい」
リンクは目をつむり、100年前の出来事に想いを馳せる。
「一応、ゼルダ姫付きの騎士だったことは思い出したよ。でもおれ怒られてばかりだったみたい……」
ウツシエを通して思い出されるのはゼルダの怒った顔や悲しい顔ばかりである。
「もしかしたら嫌われてたのかも、なんて——」
真相は違うのだが今のリンクは本当のことなんて知る由もなかった。
「どうせなら楽しかったこと思い出したいね」
リンクが思い出す二人の顔はいつも固い表情なものだから本当にその通りだと苦笑した。
「ねえ、これからも、小さいことでもいいから……またリンクのお話聞かせてね」
「……努力する」
別に無感情な訳ではないが自分の頭の中で完結することに慣れているためうまく名前に伝えられるかどうかが不安だった。
「名前は自分のこと、何か思い出したことある?」
名前と同じように、リンクも名前のことを知りたかった。
「全然。でもね、いまが楽しいから別にいいかなって」
名前はからりと笑って言ってのけた。
強がりでもなんでもなく今の名前は本当にそう思っていた。もちろん目覚めたばかりのときは不安もあったが、イチカラ村の人たちの温かさに、気が付けばそんな不安は消えていた。
「むしろ思い出してイチカラ村のみんなと離れることになったらって想像したら……悲しいかな」
「……もし名前と離れることになったら。みんな寂しいと思う」
「リンクはどう? 寂しいと思ってくれる?」
「えっと……うん」
リンクの言う〝みんな〟にはもちろんリンク自身も入っていたから、改めて問われるとなぜそんなことを聞くのかとその意味を考えてしまう。
ふふっ、と名前が声を顰めて笑う。このクスクスと耳をくすぐるような名前の笑い方が好きだった。夜だと言うのに月明かりが海に反射して名前の顔をよく照らしてくれていた。
夜空を見上げると黒い紙に点々と針で穴を開けたように星たちが並んでいる。昔々神様が作ったのなら大変な作業だっただろう。
そういえばもうずいぶん夜も深い。そろそろ部屋に戻って休んだほうが良いだろうと名前に声を掛けた。
「名前?」
隣を見ればすうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。いつの間にか眠りの世界に落ちてしまったようで、少し揺すった程度では起きなかった。
このまま外にいては冷えてしまうと思い名前を横抱きにして小屋の中まで運ぶ。
布団が一枚敷いてあればそれだけで手狭になってしまうほどの簡素な小屋だ。
名前を布団に寝かせて毛布をかける。
リンクはまた小屋の外に出ようと思ったのだが名前は無意識にリンクの服を掴んだままだった。振り払うのは簡単だが起こしてしまっては気分が悪い。
リンクは少し考えを巡らせたあと仕方なく名前の隣で眠ることにした。
一瞬、名前の保護者のようになっているエノキダの顔が浮かんだが一言謝罪を入れて名前の横に並ぶ。
柔らかい布団と暖かい室内。一度それを知ってしまえば外に戻る気にはならなかった。
暗くて静かな小屋の中。自分の心臓の音がやけにうるさかった。
名前の寝顔なんて最初に出会ったときに散々見たはずなのに、こうして隣で見つめていると不思議で温かい気持ちになる。
鉱石から発掘されたときの名前は本当に人形のようで生気が感じられなかった。それはそれで造られた芸術品のようで美しかったけれど。
今は違う。彼女のいろんな表情を知ってしまった。
ゴーゴースミレを渡せば花が綻ぶように喜ぶ名前。今日みたいに泣き顔も照れたように笑う顔も全部見たい、もっと見たいとリンクは欲深くなるばかりだった。
そんなことを考えていると妙に目が冴えて眠れなくなる。最後にもう一度惜しむように名前の寝顔を見てリンクは目を瞑った。
その日のリンクは、名前と二人気ままに旅をする夢を見た。
早朝からまた名前の身体検査が行われ、道中の安全も考え日が暮れる前に研究所を発つ。
ロベリーは「シーユーアゲイン! またいつでも来なさい」と二人の訪問を歓迎した。
「ありがとうございます! お二人ともぜひイチカラ村へも来てくださいね」
こうして名前の初めての冒険は無事に終わった。