青天に鐘がなる
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ガノンという厄災を打ち破る旅の途中、ここイチカラ村に足繁く立ち寄るようになってどのくらいになるだろう。
ふとリンクはそんなことを考えた。
ハテノ村で取り壊されそうになっていた家を買った。
そんな縁からサクラダ工務店の面々と仲良くなり、工務店の社員であるエノキダが社長のサクラダからの辞令によりアッカレ地方で一から土地を開拓することになった。
なんて無茶な話だと思ったがエノキダはその言葉に従いゾーラの里の更に北にあるアッカレ地方へと旅立った。
たどり着いたその土地に〝イチカラ村〟と名付けエノキダは朝から晩までツルハシを振るっていた。
リンクは頼まれれば時折木材を集めてはこのイチカラ村に立ち寄るようになっていた。
それは土地を開拓するためにゴロン族から連れてきた仲間たちと掘削作業を手伝っているときだった。ただの岩とは違うキラキラと自然の光を受けて光る部分が露出した。
鉱石だ。
それ自体はよくあることで、なるべく壊さぬよう周りの岩を取り除いていく。加工したり売り物になったり、ルピーに換金したりと大事な素材である。
「大きいな」
言葉少ななエノキダが思わずこぼしてしまうほどの大きさだった。
エノキダの言葉の通りその鉱物はなかなか全容が見えない。
これまでの経験だとカケラばかりですぐにコロリと音を立てて転がり落ちてきたのだが、今回はかなり大きいもののようだ。
それでもみんなで丁寧に掘削を続けていき、その正体が明かされたときは全員自分の目を疑った。
なんとその鉱石の中にはどう見ても人間の女の子が閉じ込められていたのだ。
死んでいるのか眠っているのか。慌てて少女を覆っている鉱石を削る。
現れた少女は精巧に造られた人形のようでリンクは思わず見惚れてしまった。
少女の口元に手をかざすと息が当たる。つまり生きているということだ。
しかしいくら声をかけても揺さぶっても目を覚ますことはなく慌てて空き家のベッドまで運んだ。
少女は今日も目覚めない。
早く元気になってほしくてリンクはゴーゴースミレを摘んできた。彼女に似合うと思ったからだ。
最初はベッドサイドのテーブルにただ乱雑に置いてあるだけだったが、それを見たゲルド族の女性パウダが気をきかせて花瓶にスミレを飾ってくれた。
それ以来イチカラ村に来るとき、否、彼女に会いにくるときは必ず花瓶にゴーゴースミレを生けるようになった。
今日もスミレを花瓶に刺してベッドの横に備えられた木製のイスに座る。
ベッドサイドのテーブルにはいつ目覚めてもいいように水の入った器が置いてある。
彼女の唇が乾いていることに気付いたリンクは、器の水で指を濡らして彼女の唇に垂らし、撫でるように水分を広げた。乾いていた唇は一気に瑞々しさを取り戻し、より一層美しさを際立たせた。
見れば見るほど作り物のようだが静かに上下する布団がこの少女が生きている証拠だ。
彼女の顔がもっとよく見たくて腰を浮かせて固く閉じられた瞼を真上から見据える。
このときのリンクは油断していた。まさか今この瞬間、彼女が目覚めることはないだろうと。
気がつけばまさに目と鼻の先。あ。と鼻と鼻がぶつかったと思ったときには遅かった。焦り身じろぎしたせいで唇と唇までもが触れ合ってしまった。
「ん……」
少女は一言呻いたかと思うと固く閉ざされていた瞼がゆっくりと開いた。
リンクは思わず「わあ!」と声を出して驚いてしまった。大きく飛び退いたせいでイスまでもを巻き込んでガタガタと大きな音を立てて倒れる有様だ。
立ち上がり恐る恐る少女に近付く。
ずっと閉じられていた瞳には窓から差し込む光は眩しいようで眉間に皺が寄っている。目はほとんど開かれていないがリンクの顔はなんとか視界に入っているようだ。
少女は「誰?」と唇を動かしたが乾いた喉では言葉にならなかった。
リンクは水の入った器を差し出し彼女の口元へ傾ける。少女は素直に口をつけゆっくりと水を飲んだ。
彼女が落ち着いたのを見計らって声を掛ける。
「おれはリンク。……君の名は?」
まるでどこかの王子のような聞いたことのあるキザなセリフになってしまった。
「……名前」
リンクを捉えた瞳は彼女が閉じ込められていた宝石のように輝いていた。
この名前と名乗る少女が目覚めた後は大慌てだった。
エノキダたちはツルハシを放り出して名前のベッドの周りへ集まる。
しかしこの場は同じく女性であるパウダが取り仕切り、少女が身なりを整えてからやっと会うことが出来た。
しかし彼女の話からわかったことは結局〝名前〟という名前だけで、なぜ鉱石の中に閉じ込められていたのかは分からずじまいだった。更に目覚める前の記憶も無いようで、家族も、どこから来たのかもわからなかった。
それを聞いたリンクは自身が回生の祠で目覚めた時のことを思い出した。
自分が何者なのか分からないというのはとても不安で孤独である。いまの彼女の気持ちを思うと胸を締めつけられる思いだ。
身寄りのない名前はここイチカラ村に住むことになった。鉱石から取り出されたあと寝かされていた空き家が名前の家になった。
リンクは名前が目覚めてから初めてイチカラ村へ立ち寄った。
つい癖でゴーゴースミレを持ってきてしまった。もう本人は元気なのだからお見舞いの花は必要ないはずなのに。
少し迷ったあとせっかくなのでそのまま持って行くことにした。
ダヒ・シーノの祠からパラセールで飛んで行く。
だんだんとイチカラ村に近付くと村の中央に女神像が見えてくる。
まずは女神像のところへ行こうとちょうど良く着地できるようパラセールを操縦する。
女神像の前に名前が見えた。池のまわりの落ち葉を箒でかき集めているようだ。
ちょうど日の向きの関係で名前にリンクの影がかかる。
突然影に覆われた名前はふと顔を上げた。
そしてリンクを見つけた。
「リンク!? なんで空! えっ! 飛んでる!?」
思ったことが整理されないまま口から出ている。それが面白くてまるで見せつけるようにゆっくりと着地した。
「すごい! これで飛んでるの!?」
名前はリンクの持つパラセールに興味津々だった。
自分も怪しい老人、否、ハイラル王がパラセールで飛び立つ姿を見たときは早く手に入れたかったものだ。
「ごめんなさい、挨拶もまだだったわね。おかえりなさい、リンク」
「た、ただいま……」
まさかおかえりと声をかけてもらえるとは思わず返事に詰まってしまった。
村の人たちと交流を深めるうちにリンクはこの場所に愛着が湧くようになっていた。
家はハテノ村に買ったがたしかにここも自分の帰る場所なのかもしれないと考えた。
ふと名前から爽やかで甘い香りがする。そしてその香りは自身の懐からも香ることを思い出した。
「名前、これあげる」
懐からゴーゴースミレを取り出す。
自分用の料理や薬の素材にするのなら雑にポケットに仕舞っておくのだが、名前に渡す分はなるべくキレイなままで渡したかった。
「わあ、キレイな花」
「ゴーゴースミレって言って崖によく生えているんだ」
「ありがとう」
名前はゴーゴースミレを受け取ると肺いっぱいに香りを吸い込む。
「いい匂い」
名前はこの匂いに覚えがあった。
「目が覚める前、この匂いを嗅いだことがあるの。それで目が覚めたら花瓶にたくさんこの花が生けてあった」
名前はリンクをまっすぐ見つめる。
「ふふ、リンクからの贈り物だったんだね?」
隠すつもりもなかったが改めて気付かれてお礼まで言われるとなんだか照れくさい。
「ねえ、みんなにも会うでしょう?」
「うん」
「みんなー! リンクが帰ってきたよ!」
名前の声にリンクがいることに気付いたエノキダやププンダたちが集まってくる。みんなの顔を見れば無理やり引き締めていた何かが解けるような、暗い夜道であたたかい灯りを見つけたような気持ちになる。
——確かにここもおれの帰る場所だ。