青天に鐘がなる
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その後はあれよあれよと久しぶりにイチカラ村に顔を見せた勇者リンクとハイラルの姫君ゼルダをもてなす宴が開かれた。
夜も更けるとゼルダはエノキダとパウダの家で休んでいて、てっきりリンクもそちらにいるものだと思ったらなぜか名前の家でテーブルを挟んで向かい合いホットミルクを飲んでいる。
「ゼルダ姫のお側にいなくていいの?」
「イチカラ村なら安全だし大丈夫だよ」
この村が安全なのは名前もよくわかっているため「確かに」と同意するほかなかった。
「名前に聞いてほしい話があるんだ。おれの過去の話……」
リンクが自ら昔の話をするのははじめてだった。単純な興味もあり名前は静かに聴き入った。
「おれは近衛の家に生まれて、父の跡目を継ぐために騎士になりました」
それは名前がはじめて聞くリンクの家族の話だった。
「でもこれはゼルダ姫との会話を思い出しただけで、肝心な家族のことは思い出せないんだけどね」
リンクは遠い目をしながら話を続ける。もう生きてはいないだろうと口では言いながらも、いつか家族やその子孫に会える日に想いを馳せているのだろうか。
「退魔の剣に選ばれたおれはゼルダ姫付きの騎士に、そしてハイラルを護る英傑に選ばれました」
この話はロベリーから聞いたことがあるなと名前はぼんやりとした頭で考えた。
「100年前のおれはただ与えられた役目を果たさねばとそればかりの人間で、とても視野の狭い人間だったと思う」
おかげで周りにはあまり好かれない人柄だったと言うが、今のリンクを知る名前には信じられない話だった。
「でも100年経って回生の祠で目覚めると何もなかった。記憶も力も失って途方に暮れていた。……ただ失ったものを取り戻さねばとそればかりだった。だけど——」
「だけど?」
「その中で現れたイレギュラーが名前だった」
「わ、私?」
突然現れた自分の存在に名前は思わず聞き返してしまった。
「はじめて名前を見たときはびっくりしたよ。なにせ鉱石の中に閉じ込められているんだから」
名前自身にその時の記憶はないが、エノキダや村の人たちからよく聞かされていたので知っていた。
そのときのことをリンクは精霊か女神かと思ったと大げさに言うものだから照れてしまった。
「100年前からの運命とか役目とか関係なく、今のおれがはじめて自分で手に入れたいと、欲しいと思ったのが名前なんだ」
その頃のリンクはいつ終わるかもわからないこの旅路に疲れ果てていた。それほどまでにガノン討伐という終着点は遠かった。
その中の数少ない休息の時間がイチカラ村での交流、そして名前だった。
鉱石から現れた名前の寝顔を見ているだけでリンクの心は穏やかになった。
まるで造られた人形のように眠る姿も美しかったけれど、目覚めた名前の瞳に捉えられた瞬間、電気の矢で打たれたような衝撃を感じた。
見る人や角度が変わればさまざまに色を変える宝石のように名前はいろんな表情を見せてくれた。
「おれがイチカラ村に立ち寄ったとき、名前がおかえりって言ってくれたのが嬉しかったんだ。そんなこと言ってくれる人おれには居なかったから」
「あのときはリンクのことをまだよく知らなくて、イチカラ村に住んでる人だと思っていたから……」
「アッカレ古代研究所に行った日のこと覚えてる?」
「忘れるわけないよ!」
あれは名前がはじめてイチカラ村の外に出た日だ。きらきらとさざめく海やどこまでも広がる草原は忘れられるはずがなかった。はじめて馬に乗ったのもあのときだった。
長い旅の中の一瞬の出来事だろうにリンクが覚えていてくれたことが嬉しかった。
「ヒガッカレまんじゅう美味しかったな」
思い出すとたまらなくなる。思わず口の中に唾液が溢れて名前はリンクにばれないようにゴクリと唾をのんだ。はずなのにリンクはくすくすと笑っている。バレたのだろうか。
「おれが怪我をすることが心配だって泣いてくれたね」
「いやっ、あれは……もう忘れてよぉ」
覚えていてくれて嬉しいと思ったり忘れてくれと言ったり、我ながらなんて自分勝手な主張だと名前は思った。
名前は眉を下げて困ったように視線を泳がせたり顔を手で覆ったりする。
これはただ照れているだけなのをリンクはもう知っていた。あの頃と変わらない名前のことがたまらなく愛おしかった。
「一緒に毛布に包まって寝るまで話したり。覚えてる?」
「そう言えば朝起きたら布団にいたんだけど……もしかしてリンクが運んでくれたの?」
今更ながら知らされた真実に驚くばかりだ。
勇者様になんてことをさせてしまったんだと必死で謝罪の言葉を述べているとリンクは「気にするな」と言わんばかりにゆるゆると首を振る。
「全部おれの宝物だよ」
優しく微笑みながら告げるリンクの瞳は名前のことを「愛している」と雄弁に語っていた。
名前は自分が想像していた以上にリンクに大切に想われていたのだ。